■ 前回の話はコチラ
・・・
手マンをする仕事。
手マンをするだけの仕事。
あなたは、この世に
そんな職業が存在することを
信じることが、できますか――
〜至高の手マン師と呼ばれた男 2〜
「アッ…フゥッ!!すごいっ、すごいっーー!!こんなのはっ、初めてぇぇぇ!!」
「…Leave it to me」(委ねるんだ)
「アアッ…ア・ア・・アア!アァァァァアアアアーーー!!」
・
・
・
「ん。おはよう」
事務所のドアを開けると相武さんが仏頂面で座っていた。この人はいつもこの調子だ。僕がここに勤め始めてからしばらく経つが、およそ笑った顔なんてものは見たことがない。
株式会社 テーマン。
僕が勤めている会社の名前である。
企業理念は『手マンを通じて人々を幸せにすること』――平たく言ってしまえば "手マン請負業" ということになるだろう。
心で愛撫を求めながらも、実際は乾いた日々を過すしかない人。世の中には、そんな女性が多くいる。旦那が単身赴任をしていたり、セックスレスであったり、あるいは元からパートナーがいなかったり。そんな切ない需要を満たすのが、僕たちテーマンの社員なのだ。
身ひとつ、指ひとつ。
この手から繰り出される手マンだけを頼りに。
「手マンをするだけでお金が入るなんて、最高じゃないか!」
そう思う向きもあるだろう。けれど、一体どれだけの女性が 『見ず知らずの男性から手マンをしてもらいたい』 なんて願うだろうか?おそらく、そんな人間はゼロに近い。
欲求を抱くことと、欲求をいたずらに満たしたい!と願うことと。
両者は決してイコールでは結ばれ得ないのである。
【信頼】
僕たちの仕事は信頼の上にだけ成り立つ。あの人だから、あそこの社員の手マンだからこそ……安心して、受け入れられる。言うなればテーマンの需要は、信頼と実績の上に築かれているのだ。単純な気持ち良さであるとか、刹那的な欲求を満たすであるとか。そんな表層的な仕事ではない。
――そう、思っていた。
本当に僕は。
テーマンに入ってからずっと、そんなことを。
「今日も仕事は入ってないぞ」
デスクから顔も上げずに相武さんは言い放った。
またか――
これでもう、仕事が無くなってから三日になる。
手マン依頼がなくなり始めたのは一ヶ月ほど前からのことだ。当初は『まあ、最近は不景気だし……』と苦笑いで片付けていたものの、ここ一週間は目に見えて仕事の数が減っていった。トップクラスの手マン師たちはかろうじて顧客を保っているが、中堅から下の社員たちは開店休業状態が続いている。
「一体、どうしちゃったんですかね……こうも仕事がないと、僕も今月の給料が」
「『暗いと不満を言うよりも、すすんで明かりをつけましょう』。どこかの宗教の教えだ。ここでウダウダ言っていないで、営業に出ろ」
やはり表情を変えないまま、相武さんはキッパリと言い放った。どんな時でも常に峻厳たる姿勢を崩さない相武さん。その姿は時に苛烈でもあるが、こんな状況にあっては却って頼もしい。僕は事務所裏に置かれていたチラシを手にすると、深呼吸をして大通りへ向かった。
・・・
「こんにちはー、手マンはいかがですかー?」
信号が青に変わり、アルタ方面に向かって黒山のひとだかりが雪崩れ込んでくる。僕はなるべく多くの人にチラシを受け取って貰おうと手を出すのだが、中々思うようにはいかない。
(これだけの人間が、一体どこに向かっているのだろうか?)
愚にもつかないことが頭に浮かんでは消える。
それでも、今は一人でも多くの人にチラシを配ることが急務だ。
「はじめましてー、テーマンをよろしくー」
この会社に入って一年が経つ。最初は興味本位で始めた仕事だった。
手マンをすることが仕事になるんなら、それって最高だよ――
おそらく、大多数の若者がそんな思いを抱くことだろう。
自分だって例外じゃいられなかった。
『チンポじゃダメなんだよ!"手"だからこそ意味があるんだ!!』
今でも、研修期間に飛ばされた檄が耳朶に蘇る。あわよくばセックスもできるんじゃないか?そんなことを思った弱い心は、三日で消え飛んだ。
『目の前の女性が何を望んでいるか?どこに心のスキマがあるのか?――それを読み解くには、チンポの欲を捨てなきゃいけないんです』
テーマンの大先輩であり、手マン界の"偉人"と崇められる御堂さんの言葉だ。
彼は語った。
手マンを 「してやっている」 のではない。
あくまでも手マン 「させてもらっている」 のだ。
その気持ちが何よりも大事なのだ、と。
『気持ちの押し付けになった時にね、死んじゃうんですよ……手マンは。観念的な意味でね』
もし手マンの本質に無自覚なまま業務を遂行していたならば。
僕は今頃、有象無象の野良手マン師に成り下がっていたことだろう。
自負がある。
そして矜持が、ある。
だからこそ、僕はこの仕事から離れられないのだ。
「手マン、いかが……」
もう何枚目になるか分からない数のチラシを配ろうとした時。
僕の呼吸が、止まった。
「千草さん?」
「下曽根さん……」
僕の得意先の――いや、得意先"だった"女性が、目の前にいた。
八重山千草、32歳。
本郷でクッキングスクールを開いている方だ。
「お元気そうで何よりです」
「ええ……」
話しつつ、テーマンに閑古鳥が鳴き始めた頃からパッタリと彼女からの依頼がなくなったことを思い出す。見れば、何かを言いたそうな、それでいて何も言いたくないような表情を浮かべている千草さん。無理やり口角を上げるような笑顔でそこに立っていた。
「これからお仕事ですか?」
「え?あ、うん。そうなの。クッキングスクールの生徒とこれから会う予定があって、それで」
僕は直感的に千草さんがウソを吐いているのを悟った。けれど、その直感には何の意味もない。よしんばそれがウソだったとして、僕は何を言えばいいのか。あるいは、何の関係があるのか。
『クライアントとの距離感は適切に保てよ』
いつかの相武さんの言葉が脳裏によぎる。
需要がないところに、供給はいらないのだ。
「それじゃ、仕事…頑張って」
「あっ」
はい―― そう言い終える前に千草さんは立ち去った。その後姿はたちまちに雑踏に飲み込まれていく。脇からは次々と奔流のように人波が押し寄せ、千草さんの背中は見る間に遠くなる。
激しい逡巡。
それが何に対する躊躇いであるのかは、自分でも分からない。
ただ、気付いた時。
千草さんの後を追っていたことだけは確かだった。
・・・
千草さんは靖国通りに面したカフェへと入っていった。どうするべきかしばらく悩んだが、どうにも後に引く気にはなれなかった僕は、きっかり十分経ってから店へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ!」
若い店員が威勢のよい挨拶する。何となく目を伏せながら『一人です』と返すと、手際よく席へと案内された。都合の良いことに、ちょうど千草さんからは見えにくい席だ。
やってきたコーヒーにはほとんど手をつけないまま、じっと千草さんの方を窺う。彼女も注文した飲み物を口につけようとはせず、どこか所在なさげな様子で俯いていた。仕事でこんな所に来たとは思えない雰囲気である。だからといってそれが自分に関係があるわけではない、関係があるわけではないのであるが――。
「…ん?」
僕が店に入ってから5分も経過しない頃だろうか。千草さんの目の前に一人の若い男が座った。金色のメッシュが入った長髪、やたらとラインの細い服装。それはいかにも"イマドキ"の若者だった。
彼が席につくが早いか、千草さんは矢継ぎ早に喋り出す。
(一体、何を……)
どうにか向こうの会話を聞き取ろうとするのだが、ざわつく店内にあっては二人が何の話をしているのかは皆目見当がつかない。昨日、本で知ったばかりの言葉が頭を埋め尽くす。隔靴掻痒――何もできないことが、ひどくもどかしい。
「ははっ、下曽根君。そんな調子じゃあ店員から怪しまれちまうぞ」
突如、自分に対して向けられた声。
肩が震えた。
「…御堂さん?」
「こういう時はな、普通にしとかなきゃいけないんだ。たとえばこう、店のマッチでタバコに火を点けるとか」
御堂さんはいたずらっぽく笑いながら紫煙をくゆらせる。
いきなりのことに僕の頭はますます混乱を深めた。
「御堂さん、いったい――」
「シッ!静かに。いいか下曽根、お前は俺の肘に耳を当てろ。できるだけ自然に、しかし大胆に、だ」
「肘に?」
「説明している時間はない。とにかく言われた通りにするんだ。いいな」
見ると、御堂さんは右手の中指をピンと天井に向かって突き立てている。一体それが何を意味するのか、果たして僕には全く分からなかった。が、今はとにかく御堂さんの言う通りにするしかない。僕はなるべく平静を装いながら、ぶっきらぼうに突き出された肘へと耳を近づけた。
『…ン……はあ……す』
『……即…10でこ……んね……』
(肘から声が?いや、この声は――千草さん!?)
御堂さんの肘から、数メートル先にいる千草さんの声が聞こえる。何がなんだか分からなかったが、今はとにかく耳をそばだてることが先決だと思い、そのまま声の続きを待った。
『お願い、もう我慢できないの』
『そんなことを言われても?こちらも都合があるし?』
『お金なら、お金なら幾らでも払うわ!だから、お願い!』
『んー?そういう人も?他にはいっぱいいるし?みたいな?』
『ねえ幾ら?…ら払えば……幾ら…えば……ニ……!?』
「御堂さん、急にノイズが!」
「焦るな……グムッ!」
『ァ…えば……払うから!!だからクンニして頂戴!!』
(!!)
『しょうがないなぁー。困った女性(ヒト)だァ。ま、そこまで言われたら?別にいいっていうか?』
『アァ……もう我慢できないの……今すぐい…しょ……ンニ…!』
「御堂さん!またっ」
「クッ……!すまない下曽根くん…これが、限界だ」
その言葉を聞くが早いか御堂さんの肘から耳を放す。だが既に、目線の先に千草さんたちは居なかった。慌ててカフェのドアを開けてその後を追おうとするものの、二人の姿はどこにも確認できない。僕は肩を落としてカフェへと戻った。
「遅かったか」
ぬるくなったであろうコーヒーを啜りながら御堂さんは喋る。その調子に名状しがたい苛立ちを覚えた僕は、乱暴に腰を下ろしながら机を叩いた。
「御堂さん、あれは一体何だったんです?!どうして肘から声が?それに、あの男は誰なんですか!?」
「待て、待て。そう興奮するな。ちゃんと一つずつ答えるから」
再びタバコを咥えると、今度はポケットから取り出したライターで穂先を炙った。ふう、と声を上げながら煙を吐き出し、細い目で天井を見上げる。見るともなしにその白煙を目で追っていると、興奮していた気持ちが少しだけ和らいでいった。
「手マン師は指先が命だ。それは分かるな」
御堂さんは出し抜けに口を開いた。言わずもがなのことである。
"この手ひとつで、この指ひとつで"
それは、常日頃から会社で忠告されているスローガンなのだ。
「手マンを上手くこなすのが第一義、当たり前のことだ。だけどな、それを突き詰めると次の段階に進むことができる。それがこの――」
そこで口を閉ざした御堂さんは、再び己が肘を指し示す。僕は訝しがりながら黙ってそこに耳を近づけた。
『…続いてお昼のニュースです。本日午後9時頃、千代田区付近にて』
(これは、ラジオ?)
「究極まで研ぎ澄まされた手マン指は、湿度を知り、温度を知り、大気を知って波動を知る。そしてその指は、結論においてアンテナと化すんだ。それがこの指、すなわち "手マンテナ"。さっきやった会話の傍受は、その応用だ」
手マンテナ――手マン技術をアンテナへと昇華させる、究極の技法。その話は数々の文献の中で目にしたことはある。しかし、まさか目の前でその技術を体感することになるとは思っていなかった。御堂扱麻呂(みどうこきまろ)、"伝説の手マン師"と呼ばれる男。その二つ名は、やはり伊達じゃない。
「さすがです、御堂さん」
「馬鹿野郎、別に俺のテクニックをひけらかしたい訳じゃない。問題はお前が何を聞いたか、そして何を感じたか、だろ?」
その通りだった。ただならぬ様子だった千草さん、そしてどこかへと消えてしまった千草さん。何か確信がある訳ではない。ただ――得体の知れない予感だけが、どうにもこの胸から消え去ってくれないのである。
「御堂さん!」
「――少し長い話になる」
その時、遠くから春雷の轟く音が聞こえた。
最初に、雨が一粒。
次いで二粒。
三粒目から先はもう何も分からない。
窓の外には、いつしか豪雨。
そして、僕は知ることとなる。
永きに亘り語られなかった争いの系譜、因果の螺旋。
手マン師と、そして――クンニ師との、因縁を。
(つづく)
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しかしこんな時間に何を書いてるんですかwww
続き楽しみにしてます。
手アンテナとか鬼才すぎるww
ハリウッド進出ですね
まさに「肉欲企画」の変態一直線なお話で。
文章上手いと思います。
た、たしかに。そういう意味では肉さんはまさにオリジネイターなんだなあ。そうおもうとなんかすげえ、気がする。
焦らさない…ンッ…でぇ
もう我慢できn…
おっと仕事の時間だ
また立ち寄らせてもらうよ
ラストもめちゃいいです。