肉欲企画。

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2008年07月09日

女性だって本当はエロい!でも……

 
 
女性だってエロい。
僕はそう確信しているのですが、世間一般では男性の方がよほどエロい、とされている気がする。

確かに男性の方がより多く下品なネタを口にする傾向にあるだろう。が、それはあくまでも表現方法の一環に過ぎないし、各々の"エロさ"それ自体とはあまり関係がない。どういう場面で下ネタを発するか?というのは、詰まるところTPOの問題でしかない。

だから

『男の方がエロいに違いない』

と一方的に思い込むのは危険なことだ。そして僕は『エロさ』という尺度について、あまり性差は存しないのではないか――と思っている。

例えば、エロいことが嫌いな男もいる。
エロいことが大好きな女だって、当然いる。
なので、僕は

「男の人ってエロいよね」

と言われた場合、即座に

「女性だってエロいよね」

と返答する。極めて当たり前のことだと思う。

とはいえ、心のどこかで

『それでも、女性の方が清らかなんじゃないか……』

と思う気持ちも払拭できない。頭では『女だって等しくエロい』ということが分かっていても、心、つまりハートの部分でそれを受け入れることを拒んでしまう。

居酒屋で何人かと飲んでいたとしよう。酒の席では様々なトークが咲き乱れるが、最も熱く盛り上がるのはやはり猥談だ。シモの話は居酒屋において非常にマストな存在だ。

少し話は逸れるが、ここで

「すぐに下ネタに話を持っていく人って、心が弱いよね」

という思いを抱かれる方もおられるかもしれない。確かにそれはある面からすれば真理だ。誰しもが性器、あるいは本能を持ち合わせている以上、下ネタは万人に対して伝わりやすい。伝わりやすい分、それに対する好悪はハッキリしやすい。僕たちが幼い頃に

「チンポ!」「ウンコ!」

という原始的なワン・フレーズにどう反応していたか。僕なんかはチンポ・ウンコトークに大爆笑していたクチであるが、幼き頃からそれらの言葉に強い嫌悪感を抱いてた方もいるだろう。分かりやすく、伝わりやすいからこそ、露骨な下ネタに関しては好き嫌いがキッチリ分かれる。

「おねえちゃん、でっけえパイオツしてんなぁー!」

これはセクハラである。が、広義においては下ネタに分類できる。分かりやすく伝わりやすいセリフ、好き嫌いはキッパリと分かれることだろう。すぐにこういうトークに持っていく人は、確かに安易だ。

ただ、僕が酒の席にて求めているのはこんな安いシモ・トークではない。なぜなら、目の前の人に『お前のオッパイでかいなあ!』という主張しても、それはただ単に

『自分はあなたのオッパイに興味があります』

という自己紹介にしかならず、そこから更に会話が発展するとは思えないからだ。一方通行な会話ほど悲しいものはないだろう。

とはいえ、このような"自己紹介型"のシモ・トークをカマしている御仁は割合に多い。類似例としては

『俺のチンポ超デカいぜ!』
『俺この前、バイト先の女子高生食ってさぁー』
『あー、もう半年くらいセックスしてねーわぁー』

などのリリック。紛れもなく自己紹介である。そんなものは前略プロフィールにでも書いてくれ、と僕は思う。

個人的な考えだが、例えば目の前に超絶なるサイズのオッパイを具備する女性がいたとして。もし彼女のパイ-Oを話のタネにしたいのであれば、そのアプローチにはセンスをキリッと利かせたい。まるでアホの子のように

「姉ちゃん、オッパイでかいな!」

と指摘すること、それは会話のなくなったカップルが東京発名古屋行きの新幹線の中で、彼氏が窓を見ながらポツリと

「あ、富士山……」

と呟くこととも似ている。受け手としては『ああ、そうだね』としか返しようがない。その場の気温は凄い勢いで下がっていく。

よって、もしパイオツの大きさを話のタネにしたいのならば。
このようなアプローチはどうだろうか。

「Eカップを超えると途端に下着の選択の幅が狭まるって聞いたんだけど、やっぱそういう苦労ってあるの?」

『えーと、何が違うんですか?殴っていいんですか?』

待ってくれ!マルクル風に言うと、待たれよ。確かにシラフで読めば、これだって完璧なセクハラだ。ただ経験則上、酒の場でこういう風に話を振ると、あまり角が立たない。角が立たないから話は転がり、うまくすると"巨パイであるが故の苦労"みたいな話も聞けたりする。そしてそういう話は、総じて面白い。

「でね、この前ね、胸を計りに乗せたら片方で1kgもあってビックリしちゃった!!」

かつて僕が聞いた真実のお話である。もちろん、この真珠よりも価値のあるオモシロトークを引き出すにはそれなりの時間が掛かった。まあそれも仕方のないことだ。もしあの時、トークの最初の段階で

「あんた乳でけぇーな!!」

なんてシャウトしていたら、彼女がオッパイを計りに乗せる人物だなんてことを一生知ることはなかっただろう。

どちらにしても、オッパイの話をしているだけだ。そこに相違はない。けれどその内容にまで立ち入れば、そこには大きな違いが存する。もちろんそれはチンコの話でもいい。その場合

「俺のチンポ、マジでかいよ!」

というアプローチに未来はない。へえ、その一言でエンドだ。
だがこの時

「僕の先輩にはチンコがすごくデカくて困っている人がいる。現に、男のチンコがデカイと嫌われるという傾向もある。しかし、こう考えてみてはどうだろうか?女性のマンコが大きくなればいいのではないか……と」

というアプローチであれば、そこには無限の広がりを見せる。

「マンコを大きく、だって?バカな!そんなのは御伽噺の世界の話さ!」

「そうだろうか?どちらにしても、チンコサイズ問題を『男の側だけの問題』として捉える昨今の風潮は、いささか不健康だとは思う」

「相対的に局面を捉える……ということかしら」

「そうだね、スカリー」

話していることはチンコとマンコの話であるのに、極めてアカデミックに聞こえる。当然のことだ。マンコの研究をしている医療関係者を前に、『変態だ!』と言う人はいない。それは、そこに性的な思惑が存在しないからだ。研究対象がたまたまマンコであった、それだけのことである。酒屋での猥談も、かくあるべきだと僕は思う。

さて、ここでようやく話を元に戻す。つまり僕は飲み会において下のネタ、あるいは猥な談を行いたい!と強く心に願っているのだが、いざ話がそこに及んだ段階において。

A子「でもさあ、実際のところ男のチンポってさぁー」

僕「コ……コラッ!!」

A子「?」

僕「……女の人が、軽々に"チンポ"なんて口にするんじゃありません!」

言ってしまうのである。思わず、そんなことを。

男がチンポと言う分にはいい、でも女はダメだ!……という、理不尽な僕の思い。これは明確な差別であり、また全く意味のない差別でもある。

もちろん、そんな僕の思いを『女性らしさのため』だとか『品性を保たせるため』という角度から説明することも可能だ。だが、結局のところそれは欺瞞に過ぎない。

先に述べたように、僕が本質論としての下ネタ・トークを繰り広げたい、と願っているのであれば、その会話の中に現れる『チンポ』や『オメコ』という単語は、ただの記号に過ぎないからである。それなのに女性の側にだけ『はしたないから……』という理由でチン・マンの使用を拒むのは、実に筋が通っていない。

A子「じゃあ、一体どういう風に言えば良いっての?」

僕「だ、だから……オチンポ、とかさぁー……」

泥沼である。妥協点など見付かるべくもない。理屈と本能と自己矛盾の波に飲み込まれ、僕の酒量は増えるばかりだ。

これは結局、どこかで僕が理屈を抜きにして女性のことを『清らかな存在』だと捉えているからであろう。"エロさ"に男女の垣根はない、それは分かっている。それでもやはり女性はエロくない…と、信じたい。願っていたい。そんな僕のしょっぱい気持ち。

けれども女はやっぱりエロい。人生の年輪を増やしていくごとに、その思いはどんどん強くなっていく。例えば男性の中で

「女の人のオナニーを見てみたい!」

と、強く心に願ったことのある方は相当数いるだろう。僕もその内の一人だ。そしてフロム・ナウ・オン、僕はその思いを抱くことだろう。

しかし、これが逆の立場になると、僕は大いに戸惑う。

「オナニーしてるとこ、見せてみてよ」

ギャグのようなセリフであるが、実際のところ『男のオナニーを見てみたい女性』というのは、かなりいるんじゃないだろうか?

"どうして見たいのか"

の部分はさて置くとしても、実のところ僕もこれまで生きていて

「オナニーしてみてよ」

と女性から言われたことが、何度となくある。こと付き合った女性に関して言えば、ほぼ例外なくこのオファーをカマされた。実話である。

「ば……バカ言うんじゃありません!!恥を知りなさい!!」

オファーは全て断った。恥ずかしい、という気持ちがあったのはもちろんのことだが、それと同時に

『女の子が男のオナニーを見たがるだなんて……』

という思いもかなり強かった。衝撃だった。驚愕だった。だが、そんな時に女は決まって虎になる。

「なんで?恥ずかしいの?ていうか、普段の方がもっと恥ずかしいことしてるんじゃないの?」

理知的な指摘である。心の尺度は人それぞれであるが、確かに秋のマツタケを獣のようにしゃぶったり、あるいは近海物のアワビを荒ぶる猟師のようにねぶり上げたりすること。あまつさえ、海の幸と山の幸とが肉体言語を介して語り合うこと。そちらの方がオナニーよりもよほど変態じみてる!狂ってる!という彼女の指摘は、確かに正しい。

だが、理不尽だろうが何だろうが。

「オナニーを見たい!」

と、女性が主張することを受け入れられないのだ。恥ずかしいし、何よりあれは、僕の中で"秘するもの"だからだ。オープンなオナニー……それは概念矛盾なのである。

極めて、孤独に。静謐なる時間と共に。

その両者が相まって、初めて僕はオナニーができる。自分の中だけで完結する作業でなくてはならない。そこにあって他者の介在は許されないし、人の目がないからこそ、いくらでも情けない格好をすることもできる。情けなさが快楽の呼び水なのである。

だからきっと、僕がオナニーを見られることに対して『恥ずかしい!』と思う本質には、この"情けなさ"が大きく影響しているのだろう。自分で言うのもなんだが、正直に言って男がオナニーをしている姿ほど情けないものはない。あんなものを見られた日には良くしても切腹、悪くすればショック死である。

そんなものを見せるわけには絶対にいかないし、それを抜きにしても男の立場からすれば

「オナニーなんて、マジで見る価値ねえぞ……」

と言わざるを得ない。それを踏まえて、なお女性が

「いや、それでもオナニーをしているところが見たいの!」

と主張するのであれば、そいつはやはり変態じみてるな…と僕は思う。そして結果として

『そんなはしたないことを言う子はもう知りません!』

と、理不尽なことを抜かしてしまうのだ。僕だって自分が異性のオナニーを見たいと思っている以上、できる限り女性の側からの願望も尊重したい。が、心が体が、それを許さないのだ。実に不甲斐ないことである。

ただ――男はエロい、女もエロい、それは確かだとして。それでも、自分の中の"エロさ"、その出し方は様々あっていい。僕は女性もエロい、ということを理解しているが、だからと言って

「女性も普段から男性ばりにエロさをアピールすべきだ」

ということを主張したい訳じゃない。むしろ、普段はエロさを隠していて欲しいくらいだ。その戦闘力は、大事な一瞬に発露されればそれでいいのである。これをドラゴンボール的に言うと

カカロットの野郎、攻撃する一瞬にだけ戦闘力を解放してやがる

ということになる。お分かりいただけただろうか。

白昼堂々ラブホ街を歩いているカップルは、どこか気恥ずかしそうだ。彼らがカップルであり、かつラブホ街を歩いている……という光景を見れば、誰しもが

「あの人たちは、おそらく今からセックスをするのだろう」

と考える。そして当人たちも

「私たちは今からセックスをします」

と思っている。

周りがそのように認識し、当人たちもそれを自認している場合、もはやそのカップルが恥ずかしそうにラブホ街を歩く必要はどこにもない。バレバレだからである。けれど、僕は彼らの抱く気恥ずかしさは"絶対に必要な恥じらい"だと思う。

性的なマターに恥ずかしい気持ちを抱く。これは言い換えてみれば『当人たちが日常から脱却しきれていない』ということだ。つまりラブホ街を歩きながらもなお気恥ずかしさを感じるのは、あんなにもピンクな場所を歩いているにも関わらず、根強くどこかで

「いや、僕たちは日常を生きているんです。セックス?とんでもない!」

と、考えているからである。そして、こういう欺瞞に満ちた妄念こそが性的なマターをより高い興奮に導くのだ。その意味からすれば

『どうせバレバレなんだから、別に恥ずかしがらなくていいよね』

ということにはならない。まるでお芝居のように恥ずかしがりながら、ラブホテルにチェックイン。ドアを開けるや否や、男と女は日常の仮面を取り外し、獰猛な獣と化す!――という、ある種の緊張と緩和。絶対に必要なことだ。それは同時に、僕が欧米人のセックスに対して何らの滋味も感じない理由でもある。

女性はエロくていい。男もエロいからだ。でも、ギリギリまでそれは隠していて欲しい。チンポ、とかもできれば言わないで欲しい。陰茎、も勘弁である。ペニス?横文字にしたってダメだ。マラ?出家しろ、と言いたい。せいぜい

『お腹の下の方の……』

とか

『だいたい、そこら辺の……』

程度の表現に止めていただきたい。

もちろん、これは僕の勝手な願望に過ぎない。端的に『チンポ!』と表現する女性を好む人もおられるし、僕の友人の加藤君のように

「オナニー見られると、たまらなく興奮するんっすよね!ヘヘッ!」

という、重篤な状態の男性もおわします。人、それぞれだ。絶対的な真理なんてものはどこにもない。

それでも、"表と裏の区分"はいつでも考えておいて欲しい。何でも明け透けに語ることが尊い、と言われる向きもあるが、それだってケースバイケースだろう。水着よりもパンチラに興奮する男のサガは

『それ(=パンツ)は秘されているから』

という理由に尽きる。パンツも水着も、見えてるものはほとんど同じなんだからおかしいよね!だなんて安易に考えてはならない。

日常的に

『オチンポ!』
『メメチョ!!』
『エッチしたい!』

とシャウトする女性がいてもいい。だってそれが自分の素直な気持ちなんだし!というココロも理解する。僕だって唐突に『セックスしたい!』と路上で叫ぶことだってある。ない。ただ、そういう正直な女性のことを、どういう訳か心に苦く思ってしまう僕がいるのも確かなことなのである。

女性だってエロい。
でも、それはなるべく秘した方がいい。

きっと多くの女性は、それを本能で理解しているからこそ、対外的な場面で下ネタを封印しているのではないでしょうか。そして僕は、それでいい、むしろそれがいい――と、心から感じているのです。


ただ、最終段階(いわゆるイン・ザ・ベッド時、ハイパー凸凹タイム時)においては、心置きなくココロの鎖を引きちぎってくれてオッケーだ。そこにおいてはむしろ『オチンポ!』『もっと突いて!!』『全力でイクか?!』なんてことを力の限りでシャウトするのが吉兆です。そしてその輝きは、普段の緊張状態 ―言い換えれば、清らかな振る舞いをキープした状態― が強固であればあるほど、一層光り輝くことと思う。光り輝くことと思う。光り輝くことと思う。本当に大事なことなので3回言いました。忘れずに覚えておいて下さい。ご清聴ありがとうございました。

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posted by 肉欲さん at 23:09 | Comment(30) | TrackBack(0) | 日記 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
うむうむ、と頷きつつ読みました。私はいつになったらココロの鎖を引きちぎることができるのでしょうか・・・。
Posted by あみ at 2008年07月09日 23:19
肉サンの言いたいことはよくわかりましたよ。

たしかに女性というのは本番の時だけその本能を開放してほしいです。
Posted by ぽーん at 2008年07月09日 23:43
なるほどね〜
だから殿方は見せてくれないんだね!
いくら懇願しても見れたのは握り方くらいでした^q^
握り方も人それぞれあるんですね-それだけが今までの収穫です♪
Posted by ☆あぃあぃ☆ at 2008年07月09日 23:45
ナニをしごく時はね、
誰にも邪魔されず自由で なんというか救われてなきゃあダメなんだ
独りで静かで豊かで・・・
Posted by at 2008年07月10日 00:09
俺の言いたいことは肉さんが全部言ってくれた!すっきりしました!
Posted by icoco at 2008年07月10日 00:49
セックスしてーよー
Posted by ぞーさん at 2008年07月10日 01:03
極めてアカデミックに………聞こえませんwww
Posted by ゆし at 2008年07月10日 02:19
やっぱ女性の方がエロいと思います。
Posted by aso at 2008年07月10日 03:33
あたし言いたいけど言えないんですが、これは良いことなんでしょうか…?凸凹の対戦の時はAVばりに声でちゃいますが…(´Д`;) それも嫌なのに出ちゃいます(ノ_・。)
Posted by 岩下の新生姜 at 2008年07月10日 04:17
勉強になります!

でも、『そんな事言う子は知りません!』なんて言われてみたくもあるのです(*^^*)
Posted by 遥香 at 2008年07月10日 06:36
要するにすべてはお膳立てであるということですね。
流石肉さん。
変態です。
Posted by 番台 at 2008年07月10日 07:29
朝から爽やかなものを読ませていただきました。いやー肉さん、ありがとう!

実を言いますとワタクシ、上の方がGカップと言う考えようによっては特殊な体をしてまして、宴会の席ではかなりの%で『胸でかいね』と言われ、不快な思いをしております。
帰り道にて『死ねば良いのに…』と何度思ったか。
でも、そう!
肉さんみたいに話しかけて貰えたらどれだけ楽か!更に楽しいか!
世の中の男性皆さんに読んでいただきたいと思いました。


ちなみに私は男性の一人遊びにあまり興味はありません。
好きな男性のだけ見たいです。
Posted by ウシンコ at 2008年07月10日 08:50
あー 20年くらいセックスしてねぇな〜
Posted by すけ at 2008年07月10日 13:01
ということは…

女性が持つAMO'S STYLEの紙袋にはエロい下着が入ってるでキメ!ですね。
Posted by 地下 at 2008年07月10日 13:21
オハツです。
気づいたら飛んで来ました・・・
以前言われて納得したのですが、
男の下ネタは妄想なんだ。女の下ネタは生々しいと・・・
女だけの集まりのときの下ネタは男性には聞かせられませんゎ〜
Posted by こっとり at 2008年07月10日 13:26
いつもはROM専ですが辛抱たまらないので一言失礼。

普段恥ずかし気もなくエロトークをするような姉御肌の女の子が、いざ事に及ぶと普段のお前は何なん?というくらい恥ずかしがり屋さんになるというパターンも良いものですよ。
Posted by at 2008年07月10日 22:31
私も男性のソロを見たい気持ちがあって、今までお願いもしたけど見せてもらえませんでした。
なるほど、そうゆう理由があるんですね。

『そんな事ゆう子はもう知りません』の言葉、すごく萌えました。
言われてみたいです。
Posted by らいち at 2008年07月10日 22:49
あたしもソロ・プレイ見せてもらった事ありません‥拒否されます
女子校だったので、学校の周りでナニしてる変態なオジサンは沢山いたんですが、そーゆーのは見てもつまらんのです

Posted by at 2008年07月10日 23:25
エロさ、それは即ち生命のエネルギーであり
心の輝きなのです。
ですから恥ずかしがる必要性もなく何も臆する事はないのです。
Posted by アナルフラワー・純子 at 2008年07月11日 00:53
だからこそ、自分の力で女性のココロの鎖を引きちぎった状態に持っていけた時にこそ快楽が生まれるのですね。居酒屋でもホテルでも。
Posted by at 2008年07月11日 01:28
おセクスが面倒で二人並んで個々でした経験はあります。それはそれで楽しかったよ!!
Posted by at 2008年07月11日 05:35
ソロ・プレイ自体じゃなくてその恥ずかしがってる顔が見たいんだよ(≧m≦)
Sですが何か?でもこれって男性もそうなんじゃない?
Posted by 苺369 at 2008年07月11日 13:07
Hしたい!も平常時は言っちゃダメですか?じゃあ、何て伝えれば・・・。
Posted by たま at 2008年07月11日 14:50
そんなこと言えません!><
Posted by at 2008年07月11日 22:07
お願いされてシタこともあるんですけど発射処か維持すらできなかったです。でも見て欲しい時もあるんです。
Posted by きよんど at 2008年07月11日 22:12
男性は性欲に対して日常的のような感覚があるが、女性の性欲はより凝縮されている気がする。
男が「敷き詰められている」とするならば
女は「ふたを開けてしまう」ような
感覚に似ている。
Posted by   at 2008年07月17日 07:45
すごい
いつも頭の中でもやもやーとしている思考がはっきり文章になってる

羨ましい文才です
Posted by 夏影 at 2008年08月15日 11:55
いろいろわかって良かったです。
Posted by at 2012年08月18日 09:26
神がかり的に文章がうまい。
非常に楽しく拝見しました。
Posted by 通りがかり at 2012年12月28日 20:55
あなたおもしろいひとですね。
Posted by やま at 2013年01月19日 12:58
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