肉欲企画。

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2008年06月30日

超絶泥沼論争 〜和式派vs洋式派ラストファイナル〜

 
 
〜和式肯定論者からの意見〜

僕から言わせれば、洋式便所なんて本当にナンセンスだね。だって常識で考えてご覧よ?この動物界に中腰で糞尿を垂れ流す生き物がいるのか、ってね。

洋式便所での排便っていうのは、言い換えれば『デスクに座った状態と同じ目線、腰の位置での糞尿』ってことになる。これが何を意味するのか?そう、洋式便所を肯定することはつまり、日常生活へ排便厚意が介在してくることを許す、ってことにも繋がる。これは実に危険なことだと思うね。

何を言ってるのかって?じゃあ少したとえ話をしよう。ある所に小学生がいた。彼は授業に没頭していたけれど、教科書の中に理解できない部分があった。そして彼は手を上げ、教師に向かってこう言った――

「おかあさん!」

この現象を説明することは簡単だ。世界が狭かった彼にとって、目上の女性に接する機会、そのほとんどは母親との時間に集約していた。だから突発的に年上の女性と接する事態に遭遇した時、彼は"事故"として、教員のことを『お母さん』と呼んでしまった……。

人間が不測の事態に遭遇した時、普段やり慣れた行動パターンをとってしまう、というのは、僕のたとえ話からも分かってもらえたんじゃないかな。排便だって同じこと。普段、毎日のように会社のデスクと同じ高さ、同じ目線でウンコを生産し続けた結果、待ち受けている事態は何だろう。言うまでもない、会社で突発的な事態に遭遇した際、いつもと同じ目線、同じ姿勢にあるという理由のみで、彼ないし彼女は職場にて躊躇いなくウンコを生産してしまうことだろう。もちろんそれは事故である。が、果たして周りは『事故だ』と受け止めてくれるのかな。人はそんなに優しいのかな。

和式の場合はそうじゃない。まず我々の立場の場合、そのウンコプロセスが洋式派のそれと絶望的に異なるんだ。1、ズボンを脱ぐ。2、パンツを下ろす。ここまでは洋式派の人間たちと同じだ。ここからが大事、この後僕らは3、腰を下ろし――4、地面に触れる直前まで腰を下ろす。ここが勘所なんだ。

考えてみて欲しい。僕らが日常生活において、そんなポジショニングになる状況って、あるかな?ない、と僕は言いたい。あるとしても、それは全て "想定の範囲内での『しゃがみ行為』" だと言うべきだろう。

(僕、あるいは私は、これからしゃがむ)

という見通しの下、僕たちはしゃがむ。そこにあって、突発的な事故の起こる可能性はほぼゼロに近い。

だから有り得ないんだ。僕たちが職場もしくはそれに類する環境で、事故のようにウンコを生産してしまう、なんて悲劇的な状況は。この一因を以てしても、洋式推進派を黙らせるに余りある理由だと思うよ、僕は。

〜洋式推進論者からの反論〜

ちゃんちゃらおかしいですね。彼の言っていることは詭弁もいいところです。常識で考えて下さいよ。『着座した時の目線と姿勢がデスクに座った時のそれと極めて酷似している、故に同様の状況でアクシデンタルなウンコに遭遇する可能性がある』ですって?完全な暴論だ。一々取り合うのも愚かしい。

まずもって、和式派の人間はその精神が浅ましい。彼らのスタイルを見てご覧なさい。ズボンも下着もまるごとずり下げ、しゃがみ、踏ん張り、排便する。何かもう必死じゃないですか?『これからオレ、ウンコするぞ!』みたいな姿勢は大変結構だが、何というか彼らのスタイルには"遊び"がないんです。Just for ウンコ、for the sake of ウンコ、っていうか、ただもうひたすらウンコに向かって邁進している風情。その先に何があるのか?ウンコだけなんですよ、和式派の人たちの行く末というのは。

我々は違う。確かに我々がトイレに向かうその時、ウンコに対する思いが1ミリもない…と言えばそれはウソになる。ただ、我々が"ウンコへの思い"ばかりに拘泥していないこと、それは強調しておきたい。洋式推進派の抱くマインドの根底にあるのは『いかにしてウンコ・タイムを心地よいものにするか?』という一点でしかないわけです。

先に彼は『洋式派の人間はデスクワークの如きウンコをしている』と指摘しました。それは認めます。だけれど、それは裏を返せば『トイレでもデスクワークができる』という結論を導くことになる。つまり、我々のウンコはマルチタスク。ウンコをひり出すと同時に別の仕事にも着手できる、という点に優位性が存する訳だ。和式派の方々が排便と同時に何ができますか?せいぜい携帯電話をいじるくらい?でしたら我々は、その時間を使ってロスに商談のメールを送りますよね(笑)

〜和式肯定論者からの反論〜

トイレにおける『3S』をご存知だろうか。それはつまり

Speedy
Silently
Sadness

の頭文字を取った、3つの"S"のことだ。迅速に、密やかに、そして哀愁を伴って……このマインドを遵守した先に、我々は安寧なウンコ・タイムを迎えることが可能になる。

それを何だす?洋式派の人々は。『いかにしてウンコ・タイムを有益なものにするか』、ですか。正直に申し上げて、本末転倒甚だしい。家庭に仕事を持ち込むな、という標語があるが、私はこう言いたい。トイレに仕事を持ち込むな、と。

言うまでもなく排便行為なんてものは本来秘するべきものだ。秘するもの、それはつまり『本質的に恥ずかしい行為である』という意味である。だからこそ冒頭のS、すなわちウンコに対する迅速性が求められるのに、その羞恥なる時間をいたずらに引き延ばすことにどんな正当性が存するというのか。

こんな報告も受けている。世田谷区に居を構える家族の話だ。その家には小学3年生になる幼い男の子がいた。彼は朝食を摂り終えると、何の気なしにトイレへと向かった。腸内に収められた物を排出するためだ。

トイレの中には彼の父がいた。そこまではいい。問題は『彼の父が、いつまで経っても洋式便所から出てこなかった』という点にある。男の子は焦った。迫り来る便意、声なき声が聞こえる――我々を解放せよ、ウンコに下界を与えよ、とそんな声。たまらず彼はトイレのドアをノックする。すると父、答えて曰く

「今ロスの会社との商談中だ。後にしてくれ」

彼は内股になりながら走った。母の下へとひたすらに、懸命に。切々と自分を取り巻く窮状を訴える男の子。母は黙ってその言葉に耳を傾ける。そして男の子の主張を聞き終えた母、答えて曰く

「お父さんはね、お仕事をしているの」

彼は絶望した。しかし彼がどれだけ世界に絶望しても、世界は彼のものではない。日は昇り雲は流れ波は立ち、学校は粛々と授業を始める。彼は耐え難い腹痛と共に家を出る。1歩、2歩、3歩――そして迎えるエマージェンス。哀れ彼は通学途中にウンコを漏らす。同時に彼は、終生続く宿命の如き通称を背負うことになる。名を、フンコロガシと。

もしかすると彼には野糞、というチョイスも有り得たかもしれない。けれどそれも机上の空論に過ぎない。なぜならば、家庭内において彼に課せられたウンコ・スタイルは洋式のそれだったのだから。彼が、青空の下で野糞を行おうとした場合、きっと途轍もない絶望に暮れたことだろう。『便座が、ない』。

トイレにおける3Sの軽視、またそれに付随する悲劇。それらを考えた時に、和式便所の素晴らしさが一層際立ってくるだろう。

〜洋式推進論者からの再反論〜

私ね、あの、本当にこういうことあんまり言いたくないんですけど、でも仕方ないので言いますけど、そのね、痔……なんですよね。実にもう何の因果かと自分自身も思うのですが、気付いた時には私、その、痔……になっていたんです。これは本当にもう地獄の苦しみで、本当に痛くて恥ずかしくて、私はねえ、私はもうねえ。

そんな悲劇的な私に対して、自治体は何かしてくれましたか?国は何かしてくれましたか?政府は動いてくれましたか?裁判所は正義を貫きましたか?隣人は笑ってくれましたか?あなたは今どこで何をしていますか?この空の続く場所にいますか?

何もしてくれなかったんですよ。国も、自衛隊も。もちろん、和式便所もね。

辛かった。苦しかった。私は知らなかったんです。シングルで、しかもゴワゴワのトイレットペーパーで肛門を拭くのが、あんなにも痛いんだってことを。それでも和式便所は何もしてくれなかった。ただ黙って、私のアヌスを見続けた。いや黙ってたならまだいいんです、彼らはきっと笑ってた。そんな風に痛がる私を見て、心の中で嗤っていたんですよ。だってそうでしょう?目の前に痛みで苦しむ人間がいたら、手を差し伸べてあげようっていうのが人のココロっていうもんです。義理です、人情です。それを、そんなヒトとしての心の機微を、和式は、和式のヤロウは踏みにじって……。

洋式さんは違いました。そんな私を、ウォッシュレットという優しさでそっと包み込んでくれた。ここは天国か、と私は思いました。なぜって、私はもうあのゴワゴワのトイレットペーパーを使う必要がなくなったのだから。痛みに、絶望に、恨み辛みに心を腐らせる必要がなくなったのだから。

もう一度問いたい。和式を愛でるあなたに対して、和式の方が一度でも何かしてくれましたか?原油高は止まりましたか?省エネルックは流行りましたか?だからそういうこと、私が言いたいのは全部、そういうことなんです。

〜和式肯定論者からの再反論〜

週休二日制にしてもそうじゃけど、正味のところ、そうやって何でもかんでも甘やかすんはよくないんじゃないかのう。大体が、古い時代にウォッシュレットなんてあったんか?なかったんじゃろ?じゃったら、それが自然の理ってことなんと違うか。それを優しさじゃなんじゃって、そういうのは優しさとは言わん。ただの甘やかしじゃ。肛門のためにならんのんよ。

痛いことを痛い、って教えてくれるんは体の持っとる大事な機能なんよ。それを見ないフリしても、何にもならんのんじゃないんか。

それにな、和式さんは昔っからずーーっと和式さんのままでおってくれたんじゃ。あのご本尊を保ち、ワシらのウンコを寡黙に受け止め、鎌倉室町江戸明治大正昭和平成……ずっとずっと何も言わんと、ワシらのウンコを受け止めてくれたんじゃ。他に誰ができるん?そんな辛い仕事。

それを何や、お前らは。ちょっと新しい形式のもんが出てきたら『凄い、凄い』言うてすぐにピョコピョコ飛びつきおってからに。恥ずかしゅうないんか!和の心、大和の魂っちゅんは、もうどこにもないんか!舶来品がそげなええもんなんか!!お前の、お前の親の、お前のご先祖さんのウンコは、一体誰が受け止めてくれたんや!!カエルか?!ヘビか?!違う、和式さんや!!

ホンマ、なんでこんなことになってしもうたんかのう。ワシの家も、追々洋式便所に改装する言うて、倅が引かんのんよ。ワシはもう悲しゅうて悲しゅうて……はあ、どんなツラして仏前に線香上げりゃええんか、ワシにはもう分からん。

〜洋式推進論者からの再々反論〜

価値観の押し付けっすか(笑)そういうのってマジで勘弁して欲しいっつーか、じゃあ何?アンタらは車に乗ってないの?未だに馬車とか飛脚とか使ってるの?そんな訳ないよね、社会は時々刻々と変化してるもんね。それなのに、利便だけは享受しておきながら、自分の好きなものが変わっていくことだけはちゃっかり怒るだなんて、それは理不尽じゃないんですか?

あとさ、たとえば急にカノジョとかとセックスしたくなった時にさあ、和式じゃ無理くね?狭いし。腰を落ち着ける場所もないし。その点洋式はマジ理想的っていうか、普通に対面座位とかできるしね。やっぱセックスは落ち着いてしてこそのもんでしょ。個室の中で立ちバック?そんなの洋式でもできるし(笑)

あとさー、和式の人たちって『誰が座ったか分からない便座に座るのとか耐えられない』みたいなことを言ってるけど、何?バカなの?だって便座に触れてるのって前の人のフトモモじゃん。そりゃ肛門とかチンコとかが便座に触れてる、ってんならオレも嫌だけどさぁー、別に見知らぬ人のフトモモくらいよくね?気になるんなら拭けばいいんだし。それとも何?アンタらはフトモモ以外の部分が触れるような使い方してる、チンコとか肛門とかを便座上で駆使するような使い方をしてる、だから他の人の後には座りたくない……って、そういう論調?いやー、そんなアクロバティックな使い方してるなんて、和式さんマジカッケーっす(笑)

それとさあ……オレも仕事の都合上、たまにトイレの清掃とかするんだけどさあ、ぶっちゃけ和式のヤツらの"外し"っぷりはマジでキチガイじみてるからやめろ。いや、本当に。まあ2〜3cmくらいズレるのはまだ理解する。それは単純な事故かもしれない。けどさあ!?20cmくらい豪快にファール打ってるヤツって何なの?どういうライフスタイル営んでたら、そこまで明後日の方向にウンコを出す、みたいな思考に落ち着くの?!あと、これ中学校時代の実話なんだけど、どうして和式でウンコしているのに壁一面にウンコが飛び散ってんだよ西島ァ!!マジふざけんなよ!!

洋式だったらこういう事件はない。起こり得ない。その一点からしても、やはり洋式便所の方が優れていると判断するしかないよね。

〜オムツ至上主義者からの提言〜

……もちろんね、最初は彼女も嫌がる訳です。

「オムツ穿けとか何考えてんの?!この変態!!」

って――でもね、その反応も含めて全て"プレイ"、フフ、我々からすればそこまで楽しんでこその『オムツ』って訳なんですよ。

最初からオムツに迎合する、その姿勢に美学はない。嫌だ!と表明していた人間を、少しずつゆっくりと、だが確実にオムツの渦へと引き込んでいく――この点が第一段階。そして最も厳しい難所でもあるわけです。

オムツがいかに素晴らしいシステムか?このことは少し考えたら分かることなのですが、如何せん皆は中々それを理解しようとしない。おそらく無意識に『オムツ=赤子の使用するもの』と信じきっているからでしょう。しかし本当にそうなのか?我々は弁証法を用いながら、オムツに猜疑的な人間の『常識』を崩してあげるのです。

「満員の電車、しかも通勤特快なものだから、あと20分は電車が止まらない……」

「……」

「その時あなたが、"オムツ"をしていたらば?」

「……ッ!」

気付くんですね、その時。
後光が差すほど眩い、オムツの素晴らしさを。

そうやって少しずつ洗脳が完了した後、我々は彼ないし彼女たちにそっとオムツをギフトする……それも、差出人が誰か分からない形で。

「……」

彼らは困惑することでしょう。不気味にすら思うかもしれない。けどね、その時彼らは抗い難いほどの興奮、あるいは情熱の律動を胸に覚えているのです。使いたい、使ってみたい使わせてくれ!!彼らは口でハアハアと荒い息をつき、目は血走り、オムツを抱きかかえるようにして部屋へと戻る。そして部屋に鍵をかけ、周囲に誰もいないことを確認した後――穿くんですね、オムツを。

「Welcome to underground...」
(ようこそ、我々の世界へ)

その時、その刹那を絶対に逃してはいけない。彼らは動揺して私の方を振り返ることでしょう。なぜならば、最も見られたくない、見られてはいけない姿を他人に見られているのだから。その時彼の胸に去来するのは、恥辱?絶望?あるいは、諦念?答は一つではありませんが、きっと彼はこう思うはずです。『死にたい』――。

だから私は同時に与えてあげるのです。
絶望と同時に。
彼らに、救いを。

「かくいう私もパンパースでね」

そっと、歌うように。
柔らかに、囁くように。
私の穿いたオムツを彼に見せてやる。
すると彼は確実に、笑う。
私も笑って、呟く。

「キミは一人じゃない」

こうして、我々の仲間が新たに増えていくのです。
オムツによって紡がれ、オムツによって結束し、オムツによって終生を共にする"真実の愛情"がそこに生じるのです。

だからもう、和式だ洋式だなんて争っている場合じゃない。
皆さんはもっとオムツの可能性に目を向けた方がいい。
あなたたちだって本当は『オムツ・プレイで顔を赤らめる21歳パン屋店員(♀)』のことを見たい――そう心に願っているはずなのだから。そうだろう?

司会 N欲=B太=LAW

「和式であるべきか、はたまた洋式に殉ずるべきか?
この辺りの議論は古来から尽きることなく交わされているものの、未だ統一的な見解が導かれるに至っておりません。
そこで本日、両陣営の意見を徹底的に戦わせることにより、我々もそろそろ新たな地平を切り開こう!と、このように考えております。

和式か、それとも洋式か。

『そんなのって好き好きだよね』

そんな生ぬるい意見はもう結構。
私たちが欲しているのは痺れるほど確かな、絶対無二の"真理"なのです。

そのことを確認しつつ。
ここに、徹底論争の舞台を設けます」


〜和式肯定論者と洋式推進論者からの反応〜

そう、です……!

〜オムツ至上主義者からの金言〜

それでいい、それでいいんだ。



「以上を持ちまして、今回の論戦を終了いたします。
ご清聴ありがとうございました」

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posted by 肉欲さん at 23:44 | Comment(27) | TrackBack(0) | 日記 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
ほー

ほー
Posted by at 2008年06月30日 23:48
肉さん!立ちウンコオススメですよ!立ちウンコ!!
 
一度ヤったら止めらんないね^^
弾け飛ぶ便器の水とかすげぇCOOL^^

【肉欲より】

異形がおるわ
Posted by at 2008年07月01日 00:11
トイレでなんて…ビクッビクッ

今日も気持ち良く寝れそう!
Posted by ベンジー at 2008年07月01日 00:16
これは秀逸と言わざるを得ないwwwマジで天才的だわwwww
まぁ僕はナプキン派なんですけどね、ええ。小限定です
Posted by at 2008年07月01日 00:23
どういう経緯か忘れたのですが、
以前トイレの話題で、私の父曰く
「大災害が起きてトイレ使えなきゃ
洋式だ、和式だとか言ってられないじゃん。
人類皆野グソだよ。」
と一蹴。
ある意味、斬新な発想だと思いました。
スタイルは自分流って事ですよね、
肉欲さん。
Posted by スケッチ at 2008年07月01日 00:36
全く下らん!低俗にも程がある!


…でも、何故こんなにも僕の心を揺さぶるんだ…!
Posted by ワッパ at 2008年07月01日 00:54
ひぐらしのyou、いい曲だよねー。ひぐらしはニコニコのMADでしか見てないから大体しか内容わからないんだけど、you聴くだけで泣ける。すごく心に響く歌詞とメロディー、知らない人は一度は聴いてみよう!
Posted by ワイルドカウパー at 2008年07月01日 02:08
昔学校から帰る途中あまりにも耐え切れなくなり野グソをしてしまったことは誰にも言えません
Posted by たん at 2008年07月01日 02:12
オムツは万能ですね
ワタクシはサバイバルなゲームをたまにやりますが
やはり漢達が真剣に戦ってる最中
山を降りて洋式に座る事などは出来ず
また、銃弾(≒BB弾)が飛び交う中に
プリティーかつ一部の方にはセクシュアルな双児山を晒すわけにはいけません
的になりますね
「貴様何故尻を撃った」
導き出される答えは言わずとも分かります
 
そこでオムツ
洋式にも和式にも無い利便性。
Posted by at 2008年07月01日 03:58
熱烈な和式信者です。
最後まで読みましたが議論が尽くされておらず、残念です。
また文中に和式の大暴投に対して批判されているシーンがありますが、これはポジショニングの基礎が出来ていない様式派の犯行ではないでしょうか。
Posted by 本郷三丁目の鷹 at 2008年07月01日 12:37
洋式派ですね。和式は…アキレス腱が伸びなくてしゃがめないんですよ。
手すりがあればまだしも、大概手すりなんてないじゃないですか。他の場所は触りたくないし。
なもんで、優しい洋式さんが好きです。
Posted by at 2008年07月01日 13:23
寒い 狭い しゃがんだ姿勢というのは人間が最もストレスを感じる条件だそうです
つまり冬の和式便所(とくに公衆)はストレスフルな空間と言えます

僕はよほどの緊急事態じゃないと和式は使わない洋式派です
Posted by イナフ at 2008年07月01日 13:28
洋式を選んでしまう自分が憎い。



オムツ強すぎてワロタ
Posted by さな at 2008年07月01日 14:06
くそシュールwww
Posted by あ at 2008年07月01日 15:39
トイレの話でここまで熱くなれるなんて……肉さん素敵だなぁw
Posted by at 2008年07月01日 16:38
僕は洋式便所で和式スタイルを取ります。
そうすればウォシュレットも使えるし、踏ん張れますしね・・・。
Posted by アネルバ at 2008年07月01日 16:45
漏らさせるんなら真っ白なグンゼに決まってるじゃないですか。
オムツなんか漏らしてナンボみたいな開けっぴろげな感じがしていけない。
そこに全く美学が感じられない。

僕のリルルもきっとそう思ってくれてるはずです。
Posted by at 2008年07月01日 18:39
玩具とオムツどっちが良い?って迫ったときもありました。

今は後悔していない。
Posted by at 2008年07月01日 19:47
僕は以前、和式便所で異性の排便行為(大か小か定かではない。)を目撃しました。
そのトイレは男女兼用で、僕がドアを開けた瞬間、排便体勢に入っている彼女及び丸出しのケツが目に飛び込んできました。
僕もノックを怠らなければ良かったのですが、あの光景は今でも忘れられませんw
Posted by お初です。 at 2008年07月01日 20:25
野ぐそをしたその場に傘を忘れ、後輩に見つかりそうになったことがあります。

しかしそれ以来その森での野ナニーにはまりました。ギリギリでいつも生きていたいのかもしれません。
Posted by 犬(善) at 2008年07月01日 20:27
野糞した時の快感は異常
Posted by   at 2008年07月01日 21:02
野糞するときのスリルも異常
Posted by at 2008年07月01日 22:54
鍋に入れて庭でグツグツするのが流行なんじゃないの?
Posted by at 2008年07月02日 01:48
和式だと括約筋辺りがくぱぁってなるから便がノンストップゴーゴーだって3年前亡くなった婆ちゃんが言ってた。
Posted by at 2008年07月02日 10:11
ウンk…お通じの話題をここまで膨らませられる人が世界にどれだけいるだろうか…?
普通のブログを楽しめなくなった責任とってください

てか「you」ww
汚さないでくださいwww
Posted by at 2008年07月02日 11:37
>和式の外しっぷりは異常
よく分かってらっしゃるwwwww
Posted by at 2008年07月04日 01:50
youが入っててびびった。
汚さないでください、肉さん
Posted by 番台 at 2008年07月05日 13:07
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