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2015年08月06日

ファジーな僕たち

「なんでもいいよ」

その言葉がどんな文脈から放たれたにせよ、大抵の場合それは嘘である。なんでもいい、それはいつだって『なんでもよくない』気持ちへと収束していく。

人は決めつけられたい生き物だ。道しるべを示され、ここが歩く場所なんだよ、と言われること。ストレスを感じず柔らかに生きていくこと。それが望ましいものであること。何も考えずに生きていきたい、無意識的にそう考えてしまうこと。

楽園を生きたい。
そう願う気持ちを咎める理由はどこにもない。

「じゃあ、そこのモーテルでファックでも……」

人の言葉は脆くて儚い。願いは霧散し、祈りは滅失する。なんでもいいは、なんでも良くない。なんでもいい、と言った私の気持ちは、決してなんでも良くないからだ。

「モーテルでファックは、ちょっと……」

「なんで?なんでもいいって言ったじゃん」

切なくて、夏。言葉が通じなくて、2015。そういうことじゃ、ないでしょ!?そう思う気持ちも虚しく儚く、彼の胸には届かない。

「なんでもいいけど、なんでもよくないところって、ホラ、あるじゃん。空気感的なそれっていうか。いや、ホント、なんでもいいんだけど、モーテルはちょっと……」

「じゃあウチに帰る?」

言葉は、嗚呼、神様。こんなにも遠くて胡乱で、曖昧なものだったのでしょうか。沢山のことを望んでいるわけではないのです。ちょっとのことなのです。でも、そのことをつぶさに私は、一々の細かいところまで。言いたくはないのです。それは私の、我儘なのでしょうか。

「なんでもいいよ」

そう言ったのは私です。それは認めます。ですが別に、どうでもいいよ、と言ったつもりはないのです。言葉遊びなのは分かっています。でも、でも。なんでもいいことと、どうでもいいこととは、違うのです。そのことを察して欲しい、感づいてくれるだろうと思った私は、もしかして、愚かだったのでしょうか。

「じゃあどうしたいんだよ」

目の前にいる人が苛立っているのが分かります。私は悲しい気持ちになるのです。言葉の意味は分かるのに、理解できるのに、絶望的なまでに意思疎通ができない。一体これを何と言えばいいのでしょうか。私はそんなに多くのことを望んだでしょうか。

「そういう気分じゃ、ないんだけどなあ」

目を見て話すこともできません。
言葉を紡ぐだけで精一杯なのです。
なんでもいいけど、なんでもよくない。
少しずつにしか、私は私の気持ちを説明できないのです。

「じゃあどうしたいか、最初からハッキリ言えばいいじゃん。なんでもいいとか、なんでもよくないんじゃん」

そんな目で私を見ないで下さい。辛辣で厳しい口調で、私のことを責めないで下さい。私はただぼんやりと、なんとなく曖昧に……なんでもいい、優しい時間を過ごしたかった。

私には言葉が少ないから。
なんでもいいとしか言えなかっただけ。

それがそんなに。
あなたのことを怒らせるとは思わなかったのです。

・・・

切ないワンシーンである。

「なんでもいいよ」

古来より、人から放たれるこの言の葉に懊悩した人は多い。
なんでもいいって、一体なんだよ!
それは男女の関係だけに存するマターではない。

「先輩、昼飯買ってきますよ。何がいいですか」

「なんでもいいよ」

「ウッス。メロンパン3個買ってきました」

「お前殺すぞ?!」

ファジーな言葉は、危うい。
なんでもいい、それは往々にしてなんでも良くないものである。

「先輩、昼飯買ってきますよ。何がいいですか」

「どうでもいいよ」

「ウッス。とんがりコーン買ってきました」

「ありがと」

『なんでもいい』と『どうでもいい』、両者は近いようで遠く、浅いようで深い溝が存する。
なぜか。
それは考えてみればすぐに分かる話である。

「なんでもいいよ」

あなたがその言葉を投げる相手は、確実に信頼を寄せる誰かだからだ。なんでもいい、俺の文脈が生きるものなら、なんでもいい。なぜならお前は、俺のことを分かってくれているからだ。

そういう枕詞が確実に存在する筈なのである。

「ねえ、このベッドにさあ…新しいカバー買おうと思うの!どんなのがいいと思う?」

「そうだねえ、なんでもいいよ」

それは世の中に数多蔓延る人間が存在する中で、あなたが信頼するただ一人にしか分からない『なんでもいい』だ。限られた誰かにのみ丸投げできる、愛のある『なんでもいい』である。

「買ってきたよ!旭日旗柄のイカしたベットカバー!」

「ちょっと待てよ」

「なんで?なんでもいいって言ったじゃない!」

「言わなくても分かるだろ!このバカ!」

「なんでもいいって言ったよ!」

何のことを、どこまで言うべきなのか。
そのことに対しての答はどこにも存在しない。

「言わなきゃわかんないだろ!」

「言わなくても分かってよ!」

これは性差の話ではない。言葉を媒介にして社会生活を営む、生きとし生けるもの全てが向き合うべき問題である。

・・・

「この後さあ、どうする」

「うーん、任せる。なんでもいいよ」

察する魂の余白、read between the lines、読み解く心の行間。
そいつのあり方をつぶさに訊くヤツがいれば、それはただのアホである。

「じゃあちょっと、ラーメン屋にでも……」

「ハァァァ!?」

ファジーな僕たちである。
曖昧な言葉で真意を隠し、欲望を見えないようにする。
いつだって大切なことは、誰かに決められたいのだ。

「なんでもいいって言った……」

「ラーメン屋がいいとは言ってねーわ!そういう文脈じゃねーわよ!」

「じゃあそう言って……」

「言わせてんじゃねーわよ!家行ってヤルの!」

夜は過ぎる。
いつだって夏は終わり、秋を迎え、冬を過ごして春になる。

「なんか、僕、奪われた気分」

「一生言ってろ」

なんでもいい
なんでもいいは
なんでも良くない

どうでもいい
どうでもいいは
どうでもいい

なんでもいいと、どうでもいいと。
ちょっとした違いだけど、ちょっとしたところが、非常に大事なものである。
posted by 肉欲さん at 01:48 | Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 このエントリーを含むはてなブックマーク

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