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2014年01月26日

大腸変ドラえもん 第5波 スネ夫の肛門が再び破壊された日


@スネ夫の肛門が破壊された日

A出木杉の肛門が破壊された日

B大腸変ドラえもん第3波 オバQの肛門が破壊された日

C大腸変ドラえもん第4波 キテレツの肛門が破壊された日


「のび太、俺たちはいまどこにいるんだ?」

「スネ夫の直腸の中だよ」

スネ夫が己の肛門を破壊されてより幾星霜、ドラミの力添えもあり彼の肛門は大部分において元通りに戻らんとしていた。復調するにつれ、彼の心に芽生え育ったもの、それは復讐の焔。逆襲の心構え。次は俺がヤツらの肛門をめちゃくちゃにしてやるんだ……スネ夫少年がそのような決意を胸に抱いたとして、なんら不思議なことではなかった。

だが、しかしである。それを達成するに際し、スネ夫の初動は余りにも遅すぎた、遠すぎた。怪我が治ってからじっくりと……そう考えたスネ夫の心を、筆者も攻めることはできない。ただ覚えておくべきだったのだ。認識していなくてはならなかったのである。自らが対峙している存在、それらは常識という名の縄では到底縛ることのできない、黙示録級のクリーチャーであるのだと、そのことを。

「待っていろよのび太、そしてジャイアン。もう僕がお前らに遅れをとることはない。物理的有形力で組み伏されることのないよう、CQC(近接格闘)の術も身体に叩き込んだ。ドラミから未来道具の幾つかも借り受けた。ブレインは出木杉だ。故に僕は捕食に怯えるヤワな家畜なんかじゃない。殺戮に飢えた復讐者(リベンジャー)だぬふぅ!

刹那、己が腹部から異様な打擲音が放たれるのを耳にするスネ夫。確実に感ずるは何者かがその腸内で暴れ狂っている事実、そればかりだった。スネ夫は思う、一体何が――否、訂正しよう。疑問を抱えるよりも早くスネ夫は現実を、現象を、鋭く察知していた。

「剛田ァァァァ!!野比ィィィィ!!!!」

ズドン。重苦しい音が鼓膜を内側から揺らすのが分かる。これは、この感触は、空気砲だ。数多あまねく異世界での戦闘の経験が、スネ夫に状況を認識させる。なぜ腸内で空気砲を放つのか?その意義はどこに?スネ夫の思考が恐ろしい勢いで回り始めた。

「どうやらスネ夫がこちらの動向に気がついたみたいだよ」

「ふん、それがどうしたっつーの。時すでに遅しだ。何かできることがあるならやってみろっつーの。ドカーン!」

見る間の内にスネ夫の腸壁が破壊されていく。歌うように踊るように、オペラを演じるかのように軽やかに舞い続けるジャイアン。だから輪舞曲(ロンド)、これは輪舞曲なんだ……そんなことを考えながらのび太はスネ夫の腸壁に浅く背中を預けていた。

「このままでは死ぬ、死んでしまいます」

スネ夫に打てるべき手は少なかった。ほとんど存しなかった、と言ってもいい。だが、その中で最善を模索しなければ。無手のまま時間を空費した場合、待ち受けるのは確実な意味での死、それのみである。断末魔を叫びながら父母のところへと這い寄るスネ夫の行動は、ほとんど自然なことだったと考えるほかない。

「スネちゃま!どうしたザマス!」

「ママ、何も言わず僕の肛門にホースで水をぶち込んで欲しい」

結果としてスネ夫の母親は発狂した。夜中の3時のことであった。天塩にかけて育てた息子から 『とにかくもケツに水をぶち込んで欲しい』 とオファーされる気持ち、それは一体どういうものなのだろうか。スネ夫の頭がいま少し冷静であったらば、異なった未来の姿もあったのかもしれない。だけど現実はそうならなかった。だからこの話はここでお仕舞いなのである。

「消火器…消火器があったハズだ……二人共ここで駆逐してやる……」

超回復、という概念がある。一度ズタボロに破壊された筋組織、それは回復と共により強固で強靭な姿へと変貌する。スネ夫の心は、身体は、正に超回復の刻を迎えていた。かつて存在した純情で幼かった少年の姿は、心持ちは、もうどこにもいなかった。骨川スネ夫、またの名を、復讐者(リベンジャー)。

「あった、これ、これだよ……これでヤツらを……ぬぅぅ!!」

ゲルニカ!20世紀の天才が遺した作品の名を叫びながら、消火器のノズルを己が肛門にプラグインする。スネ夫の心に去来したのは逆説的な虚無感でしかなかった。始まりが終わり、終わりが始まる。腸内で未だに悪鬼と羅刹が暴れ狂っているのを感じていた。

「サヨナラを、教えてやるよ」

安全ピンを抜く。取手に手を掛ける。永遠が一瞬へと収斂され、一瞬が永遠へと敷衍してゆく。時の流れは誰にも等しい。だがその濃度は、誰しもに絶対な訳ではない。鉛のように粘度の高まった時がスネ夫の周りを包み込んでいるのを確かに察知した。物語が、はじまる。

「スランジバール!(乾杯!)」

「ジャイアン見てご覧よ。スネ夫さん、また随分と偏屈なプレイに興じていらっしゃる」

「流石の俺もちょっと引くわ」

零秒の刻。並べては無情なる刹那だった。スネ夫が消火器の取手を握ったその瞬間、彼の目の前に現れたるは確実な意味でのジャイアン、そしてのび太の姿。笑い嗤いながら無様に蹲るスネ夫のことを見下ろしていて。

「このド畜生どもヌママママママニコココルルルルルル!!!

憤怒もかくやの勢いで己が腸内を消火剤で満たす小学生、名前を骨川。その双眸からは瞬く間に光が失われ、台所ではスネ夫の母親がガスパン遊びに興じていた。

「どういうんだろうな、こういうのって」

問わず語りにジャイアンが呟く。ふと見ればそこには憐憫の眼差しを携えたガキ大将の面持ちがあった。正気を保ちながらかつての友人に手を掛ける気持ちというのは、一体いかばかりのものなのだろうか。

「殺るか犯られるか。僕たちが生きる世界は、生きると決めた世界は、そういう色に染められているのさ。そんなの、とっくの昔に分かってたことだろう?タケシ」

ハッとした視線をのび太に向ける。タケシ、彼の名は剛田武。タケシと呼んで欲しかった、タケシの三文字をこの耳で、鼓膜で受け止めたかった。ずっと、そう願っていた。それはもう永遠に叶わないことだと思っていた。

「の、のび太、お前、今、なんて」

「タケシ、そう言ったのさ。聞こえなかったのか?タケシ――」

言葉尻を隠すかのようにしてのび太がジャイアンの唇を塞ぐ。それは世界で一番素敵で、一番切ない、少年たちのアイ・ラブ・ユー。ジャイアンの二つの眼からは真珠よりも美しく、火花よりも熱い涙が零れおちていて。

けれども、その時。

「ハハハ、結構、結構。随分な茶番を演じてくれてありがとう。全く退屈で死ぬかと思ったさ」

暗がりの奥から乾いた柏手の音が聞こえてくる。その声のトーンを二人はよく知っている。その声の色は、不可思議なことに、先ほど断末魔を叫んで散っていったスネ夫のそれと全く同じであったからだ。

「スネ夫が……」

「二人いる、だと……!?」

傍らで消火器を肛門に挿したまま朽ちているのは、確かに骨川スネ夫その人。しかし暗がりから現れた存在、それもまた確実に骨川スネ夫。一体ここに何が起きていて、あるいは何が起きていないのか。野比と剛田、二人の思考が虚しく空転していく。

「昼間に幽霊を見たようなツラしてどうした?このドサンピンどもが。お察しの通り、そいつは確かに骨川スネ夫だよ。そして俺もスネ夫だ。言っている意味が分かるか?このマヌケ面ども」

「どういうことだ。まさかタイムマシンで過去か未来から来たスネ夫、ということじゃないだろうな」

「とうとう頭がパーになったのか?まあ確かにタイムマシンを使えば理論上同一時間軸に多数の僕が存在することも可能だろう。だが現象は一つだ。『ここで肛門を壊された僕』という事実が存する以上、未来から五体満足な僕が登場する可能性は薄い。する意味もない。あるいは過去から未来に飛んだのだとしても、過去のある時点で『ひとりの僕』が消失した以上、ここに立ち現れるのも『ひとりの僕』でしか有り得ない。結局、タイムマシンを使って複数人の僕がこの時間に存在する、なんてのは苦しい考え方だよね」

流麗に理を積み上げるスネ夫の存在は、少なからず不快であり、相当に不可解でもあった。一体何が。何故の事が目の前で展開されているのだ。それでも現象は止まらない、弛まない、あるいは、加速する。それは、暗がりの奥から夥しい数のスネ夫が現れてくるのを証左として。

「フエルミラーか……!」

「クソッ、撤退だタケシ!」

「のォォォォォォび太くゥゥゥゥゥゥゥん!!!賢しいのは自分一人だけだとでも思ったんですかァァァァ?!そうだとしたら、お前、相当なバカなんじゃナァイ!!?!??!もう手遅れなんだよォォォォォォ!!!この家には、この周辺には、武装した骨川スネ夫、108体じゃあきかないよ?1000から先は数えてないじゃナァイ!!!!!!!!」

大地が鳴動する。規則正しい歩みの音が聴覚をつんざく。思考が、黒く塗りつぶされていく。僕たちはここで死ぬに違いない。精神的に、あるいは、肉体的に。その予測だけがのび太には確かだった。

「お前は死なねえよ。死ぬわけがねえんだ」

絶望を作り上げるものは、何か。それは等しく主観である。どれほど頽廃的な境遇を身に纏ったとて、当人が活路を見出せば絶望は絶望として成立しない。それをハッピージャンキーと揶揄する向きがあっていい。100人いれば100人がのび太らを取り巻く状況を「絶望」と称したことだろう。だが、ジャイアンはその時、確かに――

「タケシ……?」

「行け。逝くな」

笑ったのである。

それより先のことをのび太は僅かにしか覚えていない。理外の力で襟元を掴まれたかと思えば、すぐさま宙を舞っていた。その体躯が床を貫き天井をぶち抜くかどうかの頃、のび太はその意を喪った。それでも網膜に焼きついているのは――1000を超えるスネ夫、その全てがウージー(イスラエルのIMI社(現 IWI社)製の短機関銃)で武装したスネ夫、に空手で立ち向かっていくジャイアンの勇姿、それだけだった。

「タケシィィィィィィ!!!!」

「ガハハ!俺の名は剛田武、町一番のガキ大将!お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの。この世に生き飽いたヤツはどいつだ?死にたいヤツだけかかってこい!!」

「オイ、誰かのび太を追え!」

「バカ野郎、この状況で二兎を狙えるか!まずはこの一匹を確実に撃滅しろ!既に100は殺られたぞ!!!」

急速に意識が薄れていく。身体を動かしているのは反射とド根性と、ただそれだけだった。ばかに寒い。視界はほとんど見えようとしていない。銃弾が肝臓を貫き、口の端から生暖かい液体が溢れ出す。

(のび太、俺はお前と……)

アフリカに行きたかった。ただ粗野な世界だけが広がるアフリカの大地に、南へ南へと、俺はお前と、そういう風にしたかった。脳漿が飛び散る。それでもジャイアンは動きを、戦闘を、思考を止めようとはしない。脳裏には一度も目にした筈もないサバンナの光景が、それまでの思い出のどれよりも生々しく、いずれよりも熱気を伴って、ジャイアンの感性に立ち現れていた。

『行けないわよ、お兄ちゃんには』

ジャイ子……何もこんなときに。
せめて今だけは黙っていてくれ。

『ううん、お兄ちゃんはどこにも行けないの』

「ふふっ、よしてくれ」

「殺ったか!?」

「ああ、殺ったぞ!!」

ああ、もういいんだ。
俺には分かる。

もう……いいんだ。

俺は南へ、南へ、アフリカへ。
俺は目を閉じ、アフリカへと、走るゾウの大群へと、夕日を背にしたキリンの姿へと、想いをはせた。


・・・


見慣れた天井、いつもの布団。のび太を取り巻く日常の全て。視界が霞んでいる。微睡みの中で惰眠の念が己を手招きしているのを感じた。今日は何曜日だ?なんだっていい。僕はとても、眠たいんだ。

「起きたなら目覚めろ、このマヌケ」

電気を浴びせられたような感覚が全身を包む。いや、それは比喩表現などではなかった。見上げた先にはドラえもんがショックガンを片手にこちらを見つめていたからだ。即座に記憶の全てが蘇ってくる。

「タケ……ジャイアンは!?!」

「あのマヌケか。死んだぞ」

事実を隠す意味などない。どれだけ隠したとしても、事実は事実として存在し続けるからだ。優しいウソ、そんなものの存在を僕は否定する。ずっとそう思っていた。誤魔化すなんてクソ野郎がすることだ、そう考えていた。だけど――

「ウソ、だよね?」

「ショックで大脳新皮質でもヤられたのか?このクソボケが。あの状況て生きて帰られる訳もねえだろう。事実を捻じ曲げて認識する能力でも新たに具備したのか?救えないな、このファッキン・カス野郎」

「アアアアアアアアア!!!!!」

獣が如き咆哮を上げながらのび太は22世紀産の鉄塊へと殴りかかる。瞬間、拳が砕けた。ドラえもんは黙々とPCに取り組んでいる。のび太は砕けた拳で何度も何度も目の前の青を打擲する。鈍色の血がのび太の部屋中に飛散していった。

「気が済んだか?俺を殴れば剛田が蘇るとでも思ったか?恨みを向けるべきは誰だ?因果の起算点はどこにある?お前は何のために拳を砕いた?並べてのことに意味は存したのか?あるいは感情のみで生きるサルか?貴様は」

気付けばのび太の手にタイム風呂敷が巻かれていた。骨まで飛び出していた両の拳が見る間に回復してゆく。部分的に時間が戻る。全ては「なかったこと」という現象に向けて収斂されていく。だから、のび太は、言った。

「ジャイアンも……ジャイアンも生き返らせてよ!!」

「無理だ。する益もない。アイツは死んだ。それ以上でもそれ以下でもない。死者と生きる人生を、死者を生きる人生を、俺は知らない」

決然とした口調だった。のび太は反論の継ぎ穂を失ってしまう。どうして、なぜ。名状し難い感情ばかりが胸に去来するが、全ては言葉になろうとしなかった。

「大局を見ろ。ジャイアンのことは残念だった。俺としても悼んでいる。だが、今回の件で向こう側に誰が付いているのかも明らかになった。結果としてジャイアンを捨て犬としてしまったのは申し訳なかったと思っている。しかしそれも大いなる一歩と思って欲しい。犠牲なき勝利など有り得ない。大事なのはその犠牲を嘆き哀しむことではない。どう次に活かすか、それだけだ」

嗚呼、そうだった。君はいつだって正しいことしか言わない。蒙い僕を啓いてくれたのはいつだって君だった。正しいことは正しい、故に正しい。僕だって分かってたつもりさ。だけど、そんな啓き方しか、君にはできないっていうのかい?だったら、それだったら僕は、僕の心は――

「少し、考えさせて欲しい」

「……止めはしない」

窓を開けた。薫風が優しく僕の頬を撫でる。無機質なタケコプターの手触りが、どういうわけか、妙に温かい。遠くに千年杉が見えた。僕は頭にプロペラをつける。スイッチを入れると、すぐに僕の身体を大空へと運んでくれた。

「――全く、大変ですねェ。ドラえもんさんも」

のび太が部屋から消え去るや、否や。漆黒のスーツに身を包んだ男が、一人。

「あァ、参ったもんですよ。しかしながら、ああいう向う見ずな情念というのも、大きな計画の1パーツとしては存外重要だったりするもんでしてね。不確定要素、コイツがなきゃどんなことだってちっとも面白くなりゃしない」

「確かにそれはそうですねェ。整然さと曖昧さと、緩と急と。そういうのは非常に大事なことです。お仕着せのように事が運ぶなんて少しも面白くもありゃあしません。見通しが不透明な地平、そこにこそ……」

男はハットを脱ぐ。張り付いたような笑みは、もう何十年も何百年もそこにあるかのように、まるで緻密に造られたオブジェのごとき在り方として、その男の顔面に張り付いているようでもあって。

「ココロのスキマ、こいつが生まれるワケですからねェ」

喪黒福造。笑ゥ、せぇるすまん。

「のび太。今は迷え。せいぜい、迷え。そして気づけ。局地的に抱いた感傷など大局を前にはまるで無意味であると、そのことを。そしてその地平の先にある世界、つまり――」

Aの世界、Fの世界。
両者の邂逅。

「貴様が守りたいものは何だ?ドラミよ――」

歯車は回り続ける。
くるくると、狂狂と、その世界で。

(つづく)


posted by 肉欲さん at 05:29 | Comment(11) | TrackBack(0) | スネ肛 このエントリーを含むはてなブックマーク

2014年01月17日

知らない自分を知ってる誰か

人が変わる、というのは一体どういう時機なのだろうか。もっともそんなものは明確に定義できないともする意味がないとも、俺には分かっている。ただ興味があるだけだ。

俺に関してみれば、10年ほど前からほとんど変わっていないという自負がある。その最たる部分は 『面倒なことは絶対にしたくない』 というものだ。この点については、20歳から30歳に至るまで1ミリたりとも変化が訪れていない確信が存している。

もちろん、何を面倒に思うか?この部分は変わる。ただ、それは枝葉末節の話に過ぎない。花を咲かせる樹であれ、毎年ごと全く同じ場所に花を咲かせるわけではない。それでも花は咲く。あるいは倒木する。大事なのはそこなのであって、どこに咲いたかが重要なのではない。

面倒なことは嫌いだ。
なぜならそれは面倒だからだ。

思うにこれほど明確な答はない。やれよ!と言われても、やらない。なんでだ!と訊かれれば、面倒だからだ、と応える。俺は友達が少ない。今年もまた花が咲くだろう。

おしっこをかけて欲しいんだけれども……

突然になるが、こいつはかつて付き合っていた方から唐突に向けられた言の葉である。

面倒とかどうとか、そういう地平を遥かに踏み越えたクライマックスの局面。そいつに出くわしたとき、俺は言葉も思考も失う。拒絶も受容もない空間にあって、俺が一体何を思い、あるいは何を思わなければいいのか。面倒なことは嫌いだ、そんな空疎な槍だけを持って人生を突貫してきた俺にとって、二元論では語りきれないエクストリームな状況に立たされることほど畏怖を覚えることはない。

「な、なぜ?」

あなたが俺であっても、俺があなたであっても、ほとんど同じような内容のタームを口にしたのではないだろうか。分からないが、おそらくそうに違いない。

なぜ。

それは異形と対峙した時に真っ先に生じて然るべき最もプリミティブな感情だからだ。

「どうしても」

各々が抱える心象風景は様々だ。そこに整然とした世界を与えるのがロゴスであり、ロゴスなき感情はカオスである。カオス、即ち混沌。そして圧倒的多数の人間は、己が抱えるカオスと共に生きている。ロゴスによって区別される自分像など、1割もあれば上出来といったところだろう。

その意味で、彼女の発した 「どうしても」 というアンサーは、たまらないほど真に迫っていた。カオスの極彩色に彩られていた。我々は飛行機が飛ぶ仕組みを知らなくともフライトを愉しむ術を知っている。これはそういう話である。

「い、いや、だ、ダメでしょ……」

倫理、あるいは規範。人を人たらしめるものは何か、という問いかけには数多の回答が考えられる。モラルやルール、これらも間違いなくヒトをヒトたらしめるために欠くべからざる要素だ。加えて教義や宗旨、などでもいい。生涯無知で蒙昧なままである我々についてみれば、考えるよすがになるものは一つだって多い方がいい。 「ダメでしょ」、それは確実に俺の抱える規範の中から自動的に生産された声でしかなかった。

「どうして?」

異なる教義と教義とはぶつかり合うのが常だ。自らが信奉するものが最善だ、と思うほどそれは激しさを増す。歴史を紐解けばそんな事例について枚挙に暇がないことは皆さんもご存知であろう。守るものがあればこそ、ヒトは攻めようとする生き物だからだ。結句彼女は発した。「どうして?」 と。

意中の人に尿をひっかけてはいけない理由、その深淵。果たして俺は26年の人生においてそんなことを考えたことがなかった。あるいは考える隙間もなかった……と記すべきなのかもしれない。だってそうだろ。俺は犬ではないし彼女は電信柱ではない。俺は酔ってもいないしそこは路地裏でもない。そこにあって 「小便をかけて欲しい」 という電撃的な申し出、情熱の律動。改めて彼女の顔を見遣る。そこにはかなり専門的な分野の処方箋を要する女の瞳があった――と言わなくてはならない。

「そ、そんなのは、良くないからだ」

俺はその言葉を発した瞬間、確実に負けた気分になった。惨めな想いもした。ダメなものはダメだから、ダメなのだ……そのロジック。中途半端で不誠実な単語の連続。いっそ 

「嫌だ」

なり

「気持ち悪い」

などの好悪を表明し、待ち受ける結果はどうあれ、相手の価値観にまで踏み込む方が誠実だったと言えるだろう。そこで俺の言葉を反芻する。

そんなのは良くないからだ

良くない、それは果たしてどこの誰を基準にした良し悪しだったのだろうか。誰に依拠し、誰を標準とし、誰に向かって投げた言葉だったのだろうか。

詰まるところ俺は有象無象の中に漠然と流れる 「モラル」 というヤツに自分の発するべき言葉を託してしまったのだ。誠意も誠実さも、真摯な想いも、何もかもをかなぐり捨てて。

なぜか。己が心の中を詳らかにするのが面倒だったからだ。分かれよ、そんなもん……という俺の怠惰な心情が、それ以上の思索に対し一切のストップをかけてしまったのだ。

もう記憶も曖昧だが、それは確か穏やかな陽気に包まれていた日だったように思う。業界的にいえばピーカンの快晴だった。起き抜けの俺はいつもの様に酒に焼けた喉を潤すため、キッチンに麦茶を飲みにいっただろう。酔い覚めの水分は正に甘露である。ひとしきり喉を潤せば、当然に尿意へと意識が向く。だから、そのままトイレへと向かったのは作用機序としてかなり明確だった。

そして俺はパンツに手をかけた、その刹那

「おしっこをかけて欲しいんだけれども」

面倒くせえ……。俺がこう思ったとしても仕方がないし、それはフォントもデカくなる。もちろん実際に 「面倒だな」 と思うのはほんの少し先のことであるが、そんなのは誤差の範囲だ。現状この瞬間に思い返してみても 「何て面倒な申し出なのだ」 としか思えないあたり、再び同じ局面を迎えたとて思考を誤つはずがない。

是非の話ではない。
明確な答などどこにもない。

彼女はそうして欲しいと思い、俺はそれを面倒だと思った。
とことんまで意味を還元すれば、このエピソードはそれだけのことでしかない。

それでも、と思う。
我々は考えてしまうだろう。

無論理に無秩序に、ただ己が抱える歪な欲求、あるいは欺瞞などを、丸ごと受け止めてくれる存在がいれば、とそんな荒唐無稽なことを。子供にのみ許され得るそんな特権じみた心情を、哀しいことに、子供時代から離れるごとに強めてしまう大人の多いことを、俺はよく知っているつもりだ。

(結局、そいつらを丸ごと包んでくれるのが 『愛』 ってことなのか?)

そうかもしれないが、そうでないかもしれない。

少なくとも俺からしてみれば、相手から発せられる一方的な欲求を満たすことが愛とは思えないし、おそらくこれを読む大半の人もそうであろう。そういうシーンで発露する愛があっても構わない。だがそれを愛の全てだと据える人がいるなら、そいつは愛という文脈を誤読していることになる。たとえそれを愛と定義する人がいてもいいが、その行為は 『相手から嫌われないための努力』 というものに極めて肉薄していることを認識するべきだろう。とはいえ愛という言葉を厳密に定義できない以上、こんな俺の言葉も空論に過ぎないのであるが。

「この前、元カノのハメ撮り動画でオナニーしてるのを彼女に見つかって超怒られたんですが、どう思いますか?」

東大の入試も裸足で逃げ出すほどの一行問題である。だが、これは先日実際に俺のところに寄せられた言葉だ。彼の中に懺悔はない。悔恨もない。あるのは純粋な疑問、ピュアな探究心、それのみである。どう思いますか?この豪胆さである。めっちゃ怒られたんスけどもー……いうても、アルアルですよね!といった筆者の考えが透けてみえるようでもあり、まことに恐ろしい。

「いや、それ…は、ダメ、でしょ……」

それでも、何が是で何が非なのか?突き詰めてみたとき、それを完璧なほど詳らかに出来る人間が一体どれくらいいるのだろうか。

ハメ撮り→終わったこと
元カノ→終わったこと
オナニー→自己満足

さあ被害者はどこに?

と満面の笑みで問われたとき、俺は果たして何を言うべきで、あるいは何を言わないべきなのだろうか。

「あの、普通いけないでしょ、そりゃ、そういうの……」

普通。またしても俺は有象無象に掲げられた抽象的に過ぎる概念の中に逃げ場を見てしまう。普通。では、その人が普通でないとする基準はどこにあるのだろうか。普通。ともすればその考え方こそが異常への始まりなのではないだろうか。それでは、異常とは、果たして――

こうやって、いつでも俺は思考の迷路に迷い込む。あれもいい、これもいい。小さい頃から判断基準のないガキだった。何かをひとつに決めることなんて、まるでできなかった。いいとこどりばかりしようとして随分と苦しんだこともあった。

面倒くさいと思うようになったのは、その反動なのだろう。他方の価値観を切って捨てれば進む歩みも軽くなる。余計なことに頭を惑わされなくて済む。いつしかそういう風に思うようになった。それは数年の間、奏功していたように思い出される。

それは間違っていたのだろうか?分からない。だけど、最近になってそのような想いを抱くことが増えたのは確かだ。望んでいたような気楽な日々を手に入れることはできただろう。だけどここには何もない。面倒くさいと思える端緒すら、何も。

不可解なことに、それは確実な意味での欠落であった。

面倒なことは面倒だ、しかるに面倒とはなんぞや、と言問われたとて、それは面倒だからである……と禅問答を繰り返してしまう。だがそんなものは悟りでもなんでもない。思考の放擲でしかない。せいぜい1割方築き上げられたかどうかのロゴスの世界すらも、再びカオスの世界へと帰せしめる自滅極まりない考え方だ。行き着く先は糞尿造物主であろう。

考えなくてはならないのだ。
思考を思索を放擲してはならないのである。

異なる2つの考え方を前に、逃げ出すか相手を調伏するかの二元論ではなく、もう一つの解消法、即ち止揚(アウフヘーベン)すればいいのだ。あなたも正しい、私も正しい、だったらより正しい方法があるかもね、という発展的な思考を、思想を、俺は、我々は、身につけていかなくてはならないのである。俺はそう思った。

「ならさあ、もう彼女と一緒にそのハメ撮りビデオを見ながらさあ、すげえファックすればええやん。それは、もう、すごいファックを。これは、燃えるよ」

あなたも間違っている、俺も間違っている、だったらより間違った方法があるかもね。これも発展的問題解消法の一つだし、十分な止揚(アウフヘーベン)だと考えているし、実際に俺はそう言った。いや、本当にそう言ったのかは、ほとんど酔っ払っていたので正直よく覚えていない。けれども、酔いながらこれを書いている今そう思っているということは、確実にそう思ったに違いない。俺は自分の記憶を信じない。ただ自分の感性だけを信じている。その意味からすれば、現時点で何万回同じ状況に遭遇したとしても、同じ因果経路を辿るだろう。これはそういう話である。

「ハメ撮りを許せという話ですか?」

別にそういうことではない。

「許せない自分がいけない、ってことですか?」

もちろんそういうことでもない。

「じゃあ、何がいけないんですか?」

何もいけなくはない。

「結局どうすればいいんですか?」

そんなものは知らないし俺には分からない。

「何か、面倒くさいですね、色々」

全くなあ。


――といったやり取りをインターネットで知り合った初対面の人とし、何度も何度もその話に戻るものだから、いい加減酒に酔った俺がブチギレて 「テメーこのクサレが、さっきから聞いてりゃ同じようなことを何度も何度もよー、このクソボケが。井戸にでも叫んでろや。アー?!考える脳がねえなら生きてる価値もねえな!ハーほんま……マジで酒がマズくなるワイ。ホッピーください。いいか、もう一度言うけどなあ!?!お前マジ…アレだろ?同じような話色んなヤツにしたんだろ?それで 『分かる、分かる』 みたいなこと言われて……味をしめたのか!このゴミ野郎!マジ、そんなのってないよ。ダメですばい!あのなー、ホント……金払ったか?マジで。『分かる、分かる』 ってそいつらに金払ったのか?払えや。俺にも払えや。金返せや。貸してないけど返せよマジで。ロクでもねえ話ばっかり聞かせおってからによー。『分かる、分かる』 って全然分かんねえからな。良かったな、理解力のある友達が多くて。分かるわけねえだろうがバカ!はあ?「ヒドイ……」だと?ヒデエのはてめえの話運びだクソが!いわば俺は被害者よ。謝れよ。ホッピーください。あのなー、こんなに心が広いヤツはおらんぞ。なぜならなー、お前の話を聞いているからな……マジ、それだけで生きてて良かったレベルよ。思わんか?思えや。同じ話を何回もしくさってからに、俺は生まれたての人工知能みたいな扱いか?学習機能がアレだから……みたいなはからいか?しばくぞホントに。いっちょ前に酒なんぞ飲みくさってよー。そろそろ2時か……これからやな……アァ!?寝るまでが今日なんだよ!学べや!ホッピーください。いいか、話を紐解けばそもそも俺たちの出会いというものが間違っていたわけで、翻ってみればお前の人生それ自体が……いやでもまあ正味お前の話も分かるよ、辛いって気持ちは唯一無二で絶対値みたいなもんだからな、誰かと比べてどうだかこうだかと、そんなのは下らないもんよ。お前の辛さはお前だけのもんだ。そいつをなあ!安売りしちゃあいけない。まあ俺も色々言ったけど、ちょっと待ってね、ハイボールも下さい、まあそういうことで、俺も辛いんだよ。分かるか?そう、皆辛いんだ。チッ、このハイボール不味いな。やっぱりホッピーだな。浮気はいかん。何を苦笑ってるんだ。飲めよ。いや無理して飲むことはない。なんか眠くない?ていうか俺のスマホがない。知らない?」 ということを数十ダース回ほどブチかました結果、見事に酒乱という二つ名を手にしてしまったのですが、僕は一体どうしたらいいのでしょうか? (30歳 フリーター 練馬区)
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2014年01月08日

きまりごと

決まり事、というのはとても大事なものだ。なぜならそれは決まり事だからである。

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