肉欲企画。

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1983年10月15日

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「鮎川のヤツ、連絡着かないっす」

「ふざけんなよ。早くとっ捕まえて売血の金持って来させろやカス!」

俺は声を荒げると康文の頭をはたいた。康文はしぶしぶと言った様子で部室を後にする。その姿を見送りながらタバコを取り出すと、机の上に転がっていたライターで火を点けた。

唇の端でタバコを咥えつつ、懐から手帳を取り出して今月の『集金』の額を確認した。

『集金』。カツアゲなんて犯罪めいた言葉は使わないし、第一古い。この高校に入ってから数ヶ月した頃から俺は『集金』を始めた。理由は金が欲しかったから。遊ぶ金は幾らあっても足りることがない。とは言えバイトなんて面倒くさくてやってられない。だったら、あるところから掠め取るだけの話だ、単純に。

もちろん誰彼構わず金を巻き上げているわけじゃないし、大体がそんな見境のないことをしたらたちまち足が着く。警察沙汰になるのはご免だった。少年院に行けばハクが着く、そんなのはセンパイたちの古い古い美学でしかない。だから俺らの『集金』は、決まった奴らから決まった期日にだけ行っていた。

そしてそれが今日――つまり売血の日だった。

全く、便利な世の中になったものだと思う。どんなやつでも健康な体一つさえあれば簡単に小銭が手に入るというんだから。血を売って金にする。金が手に入った奴は喜ぶし、病院にいる奴らも血が手に入って喜ぶ。本当に素晴らしい仕組みだ。 これを考えたヤツはマジで天才だと思う。

改めて手帳を見てみる。先月、血の買い取り価格が上がったから今月はおよそ30万円ほど手に入る予定だ。今のところ集まっている金が22万円。残りの8万円のうち7人分はこれから間もなく収められることになっている。問題は後一人の鮎川のヤツだけだ。康文の野朗、そろそろとっ捕まえた頃か?

ピリリリリリ

と、その時電話が鳴った。康文か?ひったくる様にして携帯のディスプレイを覗き込む。しかしそれは康文からの連絡ではなく、目に入ってきた画面には最も忌むべき男の名前が表示されていた。思わず奥歯を噛み締める。数秒悩んだが電話に出る後悔と、出ないことへの後悔を頭の中で天秤に乗せ、結局通話ボタンを押した。

「……はい、柏田です」

「電話にはさっさと出ろって言ってんだろうが」

もしもし、という言葉すらなく相手は出鼻から電話越しに凄んできた。不快感に思わず舌打ちをしそうになるが、慌てて押し留める。そんなことをしたら間属いなくアウトだ。

「すいません。ちょっとトイレに行ってて」

「持ち歩いとけやそんなもん。まあそりゃどうでもいい。で、今日が返済日だってのは分かってるよな?」

「はい、それはもう……」

「おし、じゃあ今から取りに向かうからな」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」

「あ?何だよ、払わないつもりかよ?」

「いや、そういう訳じゃなくて……あの、今日中には必ず払うんで……」

この男に払うべき金は、丁度30万円。残り8万円は、未だ手元にない。今こっちに来させるわけにはいかなかった。

「今日中っていつよ?俺も暇なわけじゃねえんだぞ、コラ」

「いやホント……もう少ししたら必ず連絡しますんで……」

「3時な」

「え?」

「今日の午後3時。その時間にお前のとこに向かう。その時までにきっちり返す金用意しとけよ。じゃあな」

一方的にそう告げると、電話は掛かってきた時と同じように無遠慮に切れた。俺は身勝手な男の態度に思わず携帯を叩きつけそうになったが、拳を握ってじっと堪える。呼吸を落ち着けながら怒りが引くのを待って、携帯に表示される時刻を見た。丁度1時を回ったところだった。俺は康文に電話を掛けた。

「……あっ、柏田さん」

「あっ、じゃねえよカス。で、鮎川は見つかったのかよ」

「あー、他の7人の分の金は回収できました」

「んなこと聞いてねえよ!鮎川は見つかったのかってんだよ!」

「いやそれが……あの……いるにはいたんですが……その……」

歯切れの属い言葉に思わずキレそうになる。しかし目の前にいない相手を殴りつけることもできない。

「てめえコラ、さっさと喋れボケ!」

「すいません!あの、こいつ、売血金、どっかのバカに毟られたらしいんですよ。一円も持ってないんですよ。どうしましょ」

「は?」

思わず間の抜けた声を上げてしまった。鮎川のヤツが本当に金を持っていないとすると予定が狂う。

「それマジで言ってんの?」

「マジっすよ。俺も適当言ってんじゃねえかって二、三発殴ったんですけど、どこひっくり返しても金持ってないんですよね。どうしましょ」

「どうしましょ、じゃねえよカス!お前は死ね!」

ついにキレて俺は電話を切った。

最近は、何をするにも金がかかる。酒を飲むのにも、ガソリン代にも、デート費用にも、とにかく金がかかって仕方がない。特に金を食うのが、女だ。

(晴美のヤツ、来月は何が欲しいって言ってたっけ……)

こんな時だというのに、思わず手帳を繰る。とにかく今付き合っている女にはやたらと金がかかるのだ。毎月のようにブランド物の品をねだってくる。見栄っ張りな俺はそれを断ることが出きず、要求に応えてプレゼントをしてしまう。あいつに笑顔で頼まれると、断る言葉を忘れてしまった。古き良き不良の美学は理解できない代わり、女を大事にするくらいの硬派な部分は備えているつもりだ。

そうすると、自然と金が追いつかなくなった。自分が遊ぶ金程度なら『集金』でなんとか賄える。けれど女の分までとなると話が違った。バイトもしていない未成年が金銭を得る手段などそうあるものではない。月何十万かの『集金』も、好き勝手に遊べばたちまちに尽きていく。

そして困った俺はついに闇金に手を出した。もちろんその前にサラ金へと赴いたりもしたが、18歳にも満たない俺には契約に必要な書類さえ用意できなかった。

闇金業者。結局奴らにとって年齢など大した問題じゃない。審査もない。法律の枠など端っから無視している奴らにとっては返済できそうな借り手は誰でも『客』なのだ。

俺としても金が入ればそれで良かった。
ほんの数万なら、と思って俺は気軽に手を出したのが始まりだった。
数万の金なら、いつでもどうにでもなる、という目算もあったかもしれない。

甘かった。俺は世間を知らなかった。
奴らの金利と取り立ての仕方は常軌を逸する。ほんの数万のつもりが、いつの間にか借金は何倍かに膨れ上がっていた。おかげで毎月末には取り立てに苦しんでいる。それもこれも金、金、金がないのが全部悪い。どうしてこんなに金がないのだろうか。

考えているうちに俺は苛立ちが募った。机の上の灰皿を掴むと、壁に向かって思いっきり投げつけた。ステンレス製の灰皿はへこむこともなく、クワンクワンと音を立てて俺の足元に転がる。

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2時に差しかかろうかという頃に、康文が部室に戻ってきた。

「おい、金は」

「あ、はい。これっす」

俺はひったくる様に差し出された金を掴むと、一枚ずつ勘定する。そこには丁度7枚あった。

「おい、てめえ7万円しかねえじゃねえか」

「あ、はい。鮎川の野朗がバカなせいで……」

「鮎川が、じゃねえだろうが。俺は8万円必要なんだよ!どうすんだよ。足りねえじゃねえかよ!」

俺は叫んで、持っていた竹刀で康文のわき腹を思いっきり叩き付ける。ここは元々剣道部の部室だった。それを俺たちが乗っ取ったのだ。康文をわき腹を抑えると、ううう、と低いうめき声を上げた。俺はそのまま竹刀を背中に叩きつける。康文は、すいません、すいません、と情けない声で呟くばかりだった。

「死ねよカス!どうすんだよ!オイ!どうすんだよ!」

俺はハアハアと肩で息をつきながら竹刀を脇に置くと、康文のポケットから財布を抜き取った。開いて中を見るが、案の定小銭が幾らか入っているばかりで1万円など到底望むべくもなかった。俺は舌打ちして康文の頭を蹴り上げそのまま部室を後にした。

時間はいくらもなかった。まだ日も高いこの時分、人通りも少ないこの辺りではさすがに恐喝はできそうになかった。歩きながら色々なことを考えたが、最早他に方策のないことは理解していた。


俺はその足で売血センターに向かった。


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case3

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私は幼い頃から体が弱かった。ちょっとした運動にも息を切らし、少しでも外を走ろうとすれば慌てて親が飛んできた。
自分の身体だというのに、自分の思うままに動かした記憶というのがまるでない。

けれど、育ちだけは良かった。
物心付いた頃から、何かに不自由したという記憶は無かった。
家は裕福だったし、望めば大抵の物は手に入った。

年齢を重ねるにつれ、望んでも決して手に入らないものもあることが分かるようになった。
その一つが健全な身体だった。

健康な身体。
普通の人と同じように。

私にはそれが全てだった。


私は病弱だった。

私は自由に走りたかった。
私は自由に踊りたかった。
私は自由に泳ぎたかった。
私は自由に――自由でなくとも、ただ他の人と同じように、動き、飛び、駆けたかった。

いつかはそんな日が来るのだと、幼い頃から何度も自分に言い聞かせた。

そしてそれらは全て望むべくもないものだったと知った時は、私は12歳になっていた。

中学校に上がる頃、私は自分の身体が治らない病に冒されていることを知った。

――父の仕事が誰からも恨まれるような仕事であることを知ったのもこの頃だったように覚えている。
思い出す。
何不自由のない家庭だったけれど、不自由でないことは決して自由を意味しないことや、本来的な幸せを意味しないことが、段々と分かるようになった。

にこにこと微笑んでいた近所の人たちは、穏やかな言葉を囁きながらその実、父の仕事を蔑んでいた。

時にメディアですら、父の仕事をこき下ろした。

12歳の私は、自分の裕福さが、たくさんの人たちの罵詈雑言の上に立脚していることを理解した。

それはあたかも、自分の出生から今この瞬間、そう、たった今秒針が進んでいるこの一点まで余すことなく周囲全ての人間から呪詛を吐かれ続けているように思えた。

負にまみれた身体に、生育に、父に自分に。

意識したことではない。が、家には自然と帰らないようになった。

(治らない病に罹ったこの身体だ、どうせいつかは死ぬ。
それが早いか遅いかなら、好きなように生きてそして死んでいけばいい)

そんなことを思うようになった。

繁華街をぶらぶらと歩いていると、色んな男から声を掛けられた。
特に何も思うこともなく、適当に付いて行くことがしょっちゅうになるまでそう時間は掛からなかったように思う。


―――いつの夜か、破瓜の血を流しながら、腰だけの振動を味わいながら思った。

(私がしたかったのはこんなことだったのだろうか)

けれどもそれは刹那のことで、情緒的な情感はすぐさま消え去った。
そして思い直す。

どちらにしても私がしたいことなど、できることなど初めからどこにもないのだ、と。

痛みも悲しみも感動も、振り返ればおよそ情感の得ることのない初体験だった。

私は自然と男に寄生するようになった。
常時2〜3人の男をローテーションしていたが、メインにしていたのはこの辺りでそれなりに有名な不良の柏田という男だった。

この男に経済力を期待していたわけではない。
それよりも、放っておけば弱い者を殴り散らすその様を見るのがたまらなく好きだった。

おそらくそれは、代償行為なのだろう。
私は誰かと満足に殴り合いをする体力もない。
だからそれをこの男に託す。
そしてこの男はそれを受け、他人を殴りつける。
殴りつけられた奴らは、ほとんど動けない程に痛めつけられた。
私はたぶん、その様を見ながら動けなくなった彼らにようやく優越感を抱いているのだと思う。

合理的な代償行為だと思う。

決して誰も得しないメンタルケア。

柏田は隠しているようだったが、彼が闇金から金を借り入れていることも知っていた。 どうやら毎月、その資金繰りにキリキリ舞いしているらしい。

お金の使途は、私だ。
彼は毎月、私が望むものを一つ買ってくれる。
私は毎月、プラダやグッチ、ヴィトンなど、彼が破綻しない程度のギリギリの額を狙ってプレゼントをねだる。
彼はギリギリのラインで毎月やり繰りし、私に貢いでくれる。

私はそれを嬉しそうに受け取る。

私はそれを嬉しそうに質に入れる。

そうして手にしたお金を、夜、一人になった時に一枚ずつ燃やす。

目の前でめらめらと炎を上げて、お金は燃えていく。

私は、こんなことをすれば、自分を育てた汚い裕福さが消えると思っているのだろうか。

分からない、何も。
ただ、火を見ていると少しだけ落ち着いた。

どんな形にしろ、自分を苛む環境を克服しようとしている自分は偉いのかもしれない、と思う。

こんな形でしか、自分を苛む環境を克服できない自分は、もうどこにも存在できないのかもしれない、とも思う。

私はいつも考える。
そう、考えているのだ。何を考えていたか、それすらも忘れるほどにたくさんのことを。

それでも私は分からない。
何も分からない。


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【吸血大臣ご乱心?! 売血額引き上げへ】

新聞には世俗の歓心を煽るような惹句で見出しが踊っていた。
私はふん、と鼻を鳴らして新聞を屑籠に放り込むと、重厚なソファーから腰を上げて背後の窓の前に立った。

眼下に広がる霞ヶ関の風景を眺めながら、初めてこの部屋に来た時は一体どういう気持ちだったか思い返す。記憶はしかし、思い返そうとするほど遠く朧げになり、あたかも蛇のようにするするとこの手から逃げていく。

初当選してから十数年。

衆議院議員会館のこの一室で、国政を担い懸命に働くほどに自分は磨り減っていったように思う。

「大臣、失礼します」

ノックと共に公設第一秘書の山辺が部屋に入って来た。私は振り返ることもせず彼の言葉を待つ。

秘書室と議員室は扉を隔てて別々に設けられている。広さは両方でおよそ15畳ほどだろうか。雑事は隣の部屋で秘書たちが捌き、私はこの部屋でそれ以外の重要な仕事を処理する。大抵の事項は山辺のところでストップし、煩雑な事案の8割はそこで淘汰される。だから、山辺がこの部屋に来たということは残りの2割を持ち込んできたことに他ならない。

「先日施行した改正売血法ですが、やはり内外からの批判が相当に強いです。首相も各方面からの影響を懸念しております。ここは大臣自ら法改正に対する適切な説明を」

「それに関してはもう終わった話だろう。法案は通った。そして無事に施行された。我が国は民主国家であり法治国家だ。施行された法律に文句があるのならば、選挙によってのみ是正されるべきだ。あの法案が本来的に悪法であるならば、それは自然に淘汰されるのだ。以上、私が述べることはそれ以上にはない。山辺君、つまらない事案は君のところで処理するよう言っていたはずだが?」

「……申し訳ありませんでした」

山辺は目礼をすると、そのまま秘書事務室の方に踵を返した。

売血法が施行されたのは、私が大臣になって間もなくのことだった。
法案を提出した当時は、議員の誰もが「何を馬鹿なことを」と一笑に付した。

けれど、私は本気だった。

議員生命を、いや、己の人生の全てを掛けてでもこの法案を通す気概だった。

連日、接待に奔走した。あらゆるところでカネをばら撒いた。時に宥め、時に脅しすかし、ゆっくりとじっくりと種を散らしていった。

そして2年前、ついに法案を決議に通したのだった。

国内からの反発は想定内のことだった。けれどそれは所詮烏合の声であり、恐れるに足るものではない。問題は諸外国からの圧力だった。人倫的に考え、血を売るなどという時代に逆行した政策が好意的に評価されるはずもなかった。

けれど、否めない事実として先進各国、いや全世界で血は慢性的に不足していた。私はそこに目をつけた。売血法が通れば、必然的に国内の血は余り始める。それを先進各国に秘密裏に輸出することを確約したのだ。それも破格の値段で。

もちろん、構図としてはそれほど単純なものとはならなかったが、この妥協案を提示することによって何とか諸外国からの批判は回避することができた。結局私が欲しかったのは大量の血ではない。どれだけ海外に我が国民の血をばら撒こうが、そんなことは私の預かり知るところではなかった。

(晴美……)

タバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。
私の娘は、生まれつき難病を患っていた。

「持って、20歳まででしょう」

保育器を前にして、担当医が無表情にその事実を告げた時は思わずその若い医師の襟首を掴み上げた。

ようやくできた一人娘だった。
幾度も不妊治療に失敗し、それでも諦めず、ようやく授かったのが晴海だった。 妊娠の一報を聞いた時、それは天にも昇る気持ちになった。

それなのに、この仕打ちはなんだ。
どうして私の娘がこんな目に遭わなければならないのだ。
他にも子供は、腐るほどいるというのに――。

私は方々手を尽くし、どうにか娘の病気を治すことのできる医師がいないか懸命になって探した。腕のいい医者がいる、と聞けばそれが世界の果てであろうとすぐに飛んで行った。

その間、すくすくと成長していく娘を見るにつけ、その成長を喜ぶ気持ちとそれを手放す絶望とを同時に感じた。一国の国政を担う身分にありながら、自分はあまりにも無力であるように思った。娘の笑顔を見ながら、何度も泣いた。

そうして私は5年待った。

「先生!ついに娘さんの治療法が見つかったそうです!」

初めは私も耳を疑った。
この頃になると、半ば「娘をどう生かすか」よりも「どれだけ充実した死を迎えさせることができるか」という考えに至っていたからだ。この思わぬ吉報に、私は溜まった仕事も投げ捨てて医師の元へ向かった。これで娘が助かる――そのような大きすぎる期待を抱きながら。

娘が幼い頃から担当していた医師はしかし、そのように喜ぶ私とは対照的にひどく浮かない顔をしていた。その表情を見るにつけ、次第に私の中の期待もするするとしぼんでいくようだったが、それでも私は5年越しの希望にすがりついた。

「先生、どうなんですか?娘は治るんでしょう?」

「……確かに、娘さんを治す方法は見つかりました。しかし……」

「しかし?」

「これは、非常に困難を極める……と申しますか、ほとんど無理と言っても差し支えない方法でして……」

医師の言うことをまとめると、こういうことだった。
娘の治療のための手術は非常に困難を極めるが、成功率自体はそれほど低いものではない。むしろ高いといってもいい。

ただ、大量の血液が必要になるのだ、と。

「それが一体……どうして無理になるんですか?」

「ええとですね、これは娘さんの病気とは直接関係あることではないので申し上げていなかったのですが、実は娘さんの血液というのが非常に特殊な性質のものでして……その、世界を見ても類を見ないほど稀有な血液なのです。正直なところ、まず手に入らない、と言っても過言ではありません。そして手術に必要な血液量は、およそ10L。つまり現状では物理的に……娘さんの手術を行うことは不可能なんです」

私は、最後の最後の希望まで粉々に打ち砕かれた気持ちだった。

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「あんな法案は……やっぱりおかしいわよ……」

家に帰ると、妻は憔悴した様子で私を出迎えた。
ここのところ、いや厳密に言えばここ数年ずっと、妻の笑顔を見ていない。
原因は、分かっている。

一つには、娘が家に寄り付かなくなったこと。
もう一つは、私が通した「法案」のことだった。

「ねえあなた、もう止めましょう。私たちの私事のために、一国の法律を創設するなんて、どう考えてもおかしいに決まってるわ」

「私事などではない」

妻の言葉に、私は厳として声を上げた。

「いいか、私はあの法案を通すことによってこの国の医療現場に多大な貢献をした。いや、この国ばかりではない。世界各国の医療現場に、だ。それを証拠に見ろ、血液不足などどこでも生じなくなったではないか。それに、だ。まともに金銭を稼ぐこともできなかった者たちに対しても所得を得られる途を開くこともできた。少しずつだが、血を売った金のお陰で経済も循環し始めている。何らのデメリットも存在しないんだよ」

「それによって生じる犯罪に目を伏せれば、ですか?」

私の言葉に、妻は強い口調で反論をしてきた。
その勢いに気おされて、思わず私は口をつぐむ。

「あなただってご存知でしょう?売血法の影響でどれだけの脱法行為が生まれているかは。立場の弱い人たちをけしかけて血を売らせて金を得ている人がどれだけ増えているかを。売血金融、なんて言葉も出始めたそうですよ。それでもあなたは、国に貢献していると言えるの?」

「黙れ。だったらお前は、娘を、晴美を助ける途がなくなってもいいと言うのか」

「だったらあなたは、たくさんの人を不幸にさせてまであの子を生かせて、幸せにできると思ってるんですか?その先に何が残されてるの?今でさえ、あなたの仕事を憎んで家に寄り付かない有り様だって言うのに!」

「黙れ!」

衝動的に妻の頬に手を張った。
腰が砕けるように床に突っ伏した妻は、一瞬だけ私の方を睨み付けたがすぐに顔を伏せ、情けない、情けないと呟きながら涙を流し始めた。

「道は前にしかないんだ。
法案は通った。
結果は自ずと出る」

私は妻を残して書斎に戻った。
当選以来愛用している鞄の中から、幾つかの書類を取り出す。
私はその中の一つを手に取ると、引き出しから万年筆を取り出し、インクを満たして一字一字丁寧に書きつけ始める。

【改正売血法草案 30円/1cc】

法案をねじ込むことには成功したが、娘に必要な血液は未だ見つかっていない。
ならば、見つかるまで足掻くまでだ。
残された時間は絶望的に少ない。

金だ。

金をして、より多くの血を集めなければならない。

娘に適合する、その血を見つけなければ――たとえそれが、人倫に反する行為であったとしても――。

「適合者が見つかりさえすれば……こんな法案……」

呟きと共に、手に力がこもる。
万年筆の先が、ぶちりと音を立てて潰れた。


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case5

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Case5
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息子が酷い怪我を負って帰って来た。
ここのところ毎日こうだ。
原因は分かっている。どうやら、学校で常習的に不良に殴られているらしい。息子は口を閉ざして語ろうとはしないが、私も親だ。それくらいは分かる。

それにしても今日の怪我は普段に増して一段と酷い。心なしか、顔からも血の気が引いているようだった。
流石に私も心配して息子に声を掛けようとしたのだけれど、彼は私の声を無視して部屋に閉じこもってしまった。
多感な時期の子供は、何かと難しい。

(柏田……と言っただろうか、あの不良の名前は)

色々調べたところでは、どうもこの辺りでは札付きのワルが息子を標的にしているらしかった。

自分の若い頃を思い出す。
昔の不良には、それなりの仁義というものもあった。
任侠とまでは言わないが、理由のない蛮行はほとんどなかったし、あったとしても『正しい暴力』によってそれらは押さえつけられていった。

最近の若い奴らにはそういったものは一切ないらしい。
暴力に恐喝は当たり前、弱きを挫き強きに巻かれる。怪しげな薬に手をだす輩もいると聞く。
最近の子供の手口は陰湿で、悪質だ。
もう私の理解の範疇などとうに超えている。

グラスに残ったビールを煽りながら、昔は良かったな、と思う。
悪いことをすれば、きちんと叱れる大人たちがちゃんといた。
家庭のみならず、社会が子供を教育していた。
今の社会にはそういった姿勢がすっかりと失われてしまった。
このままでは、この国はいったいどうなってしまうのだろうか――憂慮は決して尽きることがない。

大体女が強くなりすぎた。それに反比例して男が弱くなりすぎた。
先ほどの柏田にしてもそうだ。
彼の後ろに、何やら女がいることを私は知っている。
そしてそのお陰で、彼は検挙もされずにのうのうとのさばっているのだ。
大臣の娘――いわゆる彼の「オンナ」は、時の厚生労働大臣の一人娘だった。結局あの男を検挙してしまえば、それとセットになってあの娘も逮捕される。だから柏田の悪行はことごとく封殺されてしまうのだ。

こんな蛮行が許されていいのだろうか?
いつの間にこの国はこうまで腐ってしまったのだろうか……。

とめどなく溢れてくる呪詛に飲み込まれそうになりながら何とか平静を保とうと努力した。今日は久しぶりに早く帰れた。
が、結局それは仕事を持ち帰っただけにすぎなかった。明日からの仕事に備えて今日目を通しておかなければならない資料は山ほどある。

机の上に資料の束を広げた。空になったグラスを脇に置き、その一番上にある資料を手に取る。

見覚えのある一通の書類を手にした。見覚え、といってもそれは決してポピュラーであることを意味しない。おそらくこの冊子を手にしているのは現在、特殊な地位で仕事に従事している私だけだろう。だからこれは、私だけにとっては卑近な書類なのであった。

【極秘 先月分血液型に関する報告】

「ふん……」

私は鼻を鳴らして書類に目を通す。
先月は国内において、α種の血液例が1件報告されたようだ。
私はその部分を黙って0へと書き換える。
もはやこれは通例行事のようなものだった。

とは言え、このα種の報告書が最初から0でないことの方が珍しい。
何でもかなり稀有な血液だそうで、世界でも僅かにその存在が確認されたに留まる程度の血液だそうだ。
私はそれを発見する度に「存在しなかった」ことに書き換えている。

α種。
私を含め、ほんの数名しか知らないことではあるが、厚生労働大臣はどうやらこの血液を探すのに躍起になっているらしく、それが為にあの天下の悪法 ――売血法―― を策定した、とのことだ。

全国の売血センターで採取された血のデータは、一度私の勤める血液統合管理ファームに集められる。その時点では血に含まれる成分の数字が羅列された資料が手元に集まるに過ぎないのだが、そのデータをファームで再解析することでα種の存否が確認されるのだ。これを一手に引き受けているのが我がファームであり、更にそれをチェックするのが私に与えられた仕事である。

つまるところあの法案は、このα種発見のためだけに作られた。

(あのろくでもない娘のために、息子は……)

役得、と言えるのかどうかは分からないが、私はこの仕事を始めるにあたり国内の売血液が大あの娘の病気を治療するために集められていることを知った。

「あんな娘を生かすがためだけにこんな法案を?」

知った時、私は呆れてものも言えなかった。それ以上に、息子を苦しめている原因たる娘のために、一国の法律までもが左右されていることに強い憤りを覚えた。

(絶対にα種をあの娘のもとに渡すことはしまい)

この仕事の任に就いてから思うことは、ただそれだけだった。

(腐敗した社会に成り代わり、私が若者に制裁を下さなければならないのだ。
そしてこの手で、息子を守ってやるのだ)

私は再び報告書を手にすると、【α種】欄の横の0を黒く、何度も何度も黒くなぞり返した。

(息子よ――間もなくあの娘は、死ぬ。
私の手により、粛清されるのだ。
そうすればお前への暴力もなくなるだろう。
だからもう少し、いま少しだけ――辛抱してくれ)

朱肉を取り出すと書類をと閉じ、その末尾にしっかりと判を押した。

[検印 血液統合管理ファーム所長 鮎川潤一郎]


(終)


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歳火 ver.2



その言葉を聞いて僕は携帯を切った。ほんの短いやり取りではあったが、幾分恐怖もやわらいだし、何より帰路への光明が見えた。僕は早速仲間を促すと、右に向かって懐中電灯を照らして歩き始めた。

「…おい、来た道じゃなくていいのかよ。こっちであってんのかよ」

仲間の一人が不安そうな声を上げる。僕は黙って、大丈夫だ、と呟くとそのままずんずんと歩き始めた。確かにこちらの道は、先ほどまでのそれと比べると幾分踏みしめられたような後があり、獣道のような風情が漂っている。それほど足を取られることもなくスムーズに歩くことができた。

けれど道の雰囲気はそれとは反対にどんどんと暗いものになっていく。それもそのはずで、どうも先ほどよりも木の量が増えたように思う。これまでもうっそうとした雰囲気ではあったが、今首を上げると先ほどまでは僅かばかり見えていた空すらも、もう見えなくなっていた。それほどまでに木の量が増えている。

僕らは黙って歩き続ける。誰も声を発する者はいない。
そうしてそのまま20分ほど歩き続けた頃だった。
ついに仲間の一人がしびれを切らし声を上げた。

「おい!いい加減にしろよ!どこにも出ねえじゃねえか!」

「知らねえよ!俺だってこっちって聞いたから歩いてんだよ」

「聞いたっておま」

「あっ、おい!あっち、視界が開けてんじゃねえの?!」

罵倒の言葉は遮られ、僕らは示された方向を見た。そう、確かに声の通りに木々が開け、これまでの視界とは様子を異にしているような場所が目に見える。

「やった!やっぱこっちでよかったんだな!」
「さっさと抜けようぜ!道路に出ればなんとかなるだろ!」

そういって次々と駆け出していく。僕も内心不安だったから、安堵の息を漏らしながらそれに続いた。と、その時である。僕はさっきまで口論していたヤツに、腕をグッと掴まれた。

「おまえ、聞いたって、それ、誰から聞いたんだよ」
「いや、知り合いから…」
「その知り合いは、なんで祠からの道順を知ってたんだ…?」
「え?そりゃあ、黙ってたけどさっき携帯で聞いたんだよ…」

そういうと彼は凍りついたように口を閉じた。どうしたというのだろう、僕が黙っていたことを怒っているのだろうか。

「お前、怒ってんの?そりゃあ説明もせずにスタスタ歩かせた俺も悪かったけど、こうやって無事に出れたから良かったじゃ」

「……い」

「は?」

彼は唇をわなわなと震わせながら、こう呟いた。

「・・・がい・・・この、林・・・ずっと・・・・圏外・・・・・・」

僕は一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。圏外?そんな馬鹿な話があるはずない。僕はポケットから慌てて携帯電話を取り出すと、画面を開いて電波の状態を確認した。

圏外

うわあああああああああああああ!!!
不意の叫び声が森を切り裂く。
僕らは、その刹那に恐怖を忘れ、弾かれたように駆け出した。
もつれる足を懸命に持ち上げる。わずかに開けたその場所に向かって、僕らは全力で走った。

がさっ、という音とともに、僕らは林を抜けた。そこには仲間の4人が、腰を抜かしてへたり込んでいる。どうした、と声をかけようとしたが、よく見ると彼らは一様にぶるぶると震える腕で何かを指し示していた。僕は顔を上げてその方向を見る。

視線の先には―――


湖があった―――



――エピローグ

『超常現象?!大学生六人集団失踪の怪』

先日、Y県A市のM××大学に通う大学生6人が集団で消え去った。
目撃証言によると、失踪の当日、その6人は大学構内で集まっていることが確認された。
彼らの近くで話を聞いていた知人は、彼らがN山林に向かうことを計画していたようだった、と話してくれた。
警察はその証言を受けN山林周辺を捜索、山林の外でメンバーの一人が運転していたと思しき車が発見され、彼らがN山林に踏み入ったことは確かなものと思われる。
しかし、捜査員は数十名規模で山林に分け入ったのであるがついに彼ら6人が見つかることはなかった。事件から既に一ヶ月、以前大学生の足取りは掴めぬまま捜査は続いている。

「うん、これでいいんじゃねえのかな。印刷所に回しとけ」

原稿から目を上げ、男はタバコを乱暴に揉み消した。この手のネタは三流ゴシップ誌である彼の雑誌が得意とするところである。

それにしても…と彼は考える。大学生が6人も集団でいなくなるか?普通。海沿いで拉致された、とかならまだ考えられるし、あるいは金銭のトラブルで山に埋められた、というのも、まああり得るだろう。
しかし、当日までの彼らにはなんら事件の匂いはない。いや、噂を聞くに、どちらかといえば模範的な学生たちだったようだ。それなのに、前後の文脈なくして彼らは突然に姿を消しているのである。そう、まさに煙のように。これは一体どうしたことなのだろう。

そういえば、と彼は思った。先日、ある情報筋から聞いた話だ。
確かに彼らの姿は見つからなかったのだが、唯一、その内の一人の持ち物と思しき携帯電話が見つかったというのだ。
携帯電話自体には、事件前後に一緒にいたと思しき知人との連絡を取った形跡しかなかったそうで、これという手がかりはなかったらしいのだが、その中に一つ、奇妙なメールが残っていたというのだ。
それは着信したメールでもなければ、送信したメールでもなく、作成途中のメールだったという。

「いや、それがね、まったく意味をなしてないメールでしたからね、少しばかり気になっちゃいましてね」

そういって男は、調べてきた(作成途中の)メール本文を俺に見せてきたのである。

そこにはアルファベットで、こう書かれていた。

Tiboshi
Toshibi

Shibito

「なんのこった、これは」
「そうなんですよー。全く意味が分からなくって」

俺は何のことかさっぱりわからないメモを手にし、ボリボリと頭をかきながら

「じゃ、ま、これは一応頂いておくよ」

と男に声を掛けて、その場は別れたのである。

そのメモを片手に、もう一度それを声に出して読んでみる。

チボシ、トシビ、シビト…

「なんのこっちゃ」

相変わらず体をなさないメモを机の奥に押し込むと、俺は再び校了の作業に取り掛かった。


春…新入生がまたこの地に訪れる。
彼は、間取りや立地からすれば格段に安い物件を見つけることができた。
それにしても安い。相場からすれば、実に半値ほどである。
彼は訝しがって、不動産に強く問いただした。
すると不動産屋はついに諦めたように、彼に対して真実を教えてくれた。

「いやね、何年か前にこのあたりで失踪事件があったんですけどね、実は以前ここに住んでいた人ってのが、その時失踪した人なんですよ」

なんだ、そんなことか。馬鹿らしい。そんな理由で安くなるんだったら、むしろ願ったり叶ったりである。

「ああ、いいですよ。僕、そういうの全然平気ですから」

そうですか、と若い不動産屋の社員は顔をほころばせた。

「で、一応住む上で聞いておきたいんですが、僕の隣に住んでる人ってのは…」

「ああ、アナタが住む部屋は角部屋ですから」

「え、でも一軒は隣に部屋があるはずですよね?」

「そこなんですけど、なんか昔からずっと借り手がおりませんで。まあ、やはり角部屋の方が人気がありますからね。基本的にはあなたのように角部屋を勧めてるんですよ」

ふーん、そういうもんか、と思いながら、でも隣に住んでる人がいないのなら気兼ねしなくていいな、と思った。不動産屋の車が街を走っていく。窓から吹いてくる爽やかな春の風が、彼の鼻をくすぐった。


(END NO.1)
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1983年10月14日

歳火 ver.3


僕はしばらく考えたが、やはりこれから更に進むというのには気が引けた。迷う可能性はあったけれど、来た道を引き返すのが一番無難だと考えたのである。

「どうしたんだ?」

ツレの一人が僕に声をかける。僕は、なんでもないよ、という風に曖昧に笑うと携帯をポケットに収めて皆のところに戻った。

びゅう、とまた風が吹いた。ただ、今度の先ほどのように風は長く続くそれではなく、一吹き、僕らをからかうように吹き抜けていっただけだった。

「なあ、どうするよ…」

ツレが暗い顔で呟く。疲れ、怯え、そして恐怖。肉体的な疲れはさるものながら、精神的な疲労もかなりのものだった。千星さんの言葉を信じないわけではないが、これ以上知らない道を進むよりは今進んできた道を引き返すほうがまだ精神的に楽だと言えるだろう。

「戻ろう」

僕は皆にそう告げた。誰も言葉を発しないが、同意していることはなんとなく伝わってくる。僕は懐中電灯を握り締めると進んで先頭にたち、来た方向に向かって歩き始めた。

僕が二、三歩進んだ時、再び携帯が震えていることに気付いた。確認するまでもない、着信の主は千星さんだろう。僕はディスプレイも見ずに電話に出た。

「…もしもし」

「自分、どこに向かっとるん?」

「ええ、道路を目指して」

「いや、祠から右に行っとらんやろ?」

「え?」

「俺、言うたやん。祠に向かって右に進めって言うたやん」

「いや、それは…」

「何してんの自分?!死にたいんか!!」

瞬間、電話の向こうで千星さんが尋常ならざる絶叫を上げた。思わず携帯から耳を離す。これほどまでに狼狽しているということは…やはり僕らの進む方向は間違っているのだろうか。
僕は携帯を片手に持ったまま、進路を相談するために後ろを振り向いた。

「なあ…」

仲間たちは、僕の顔をまるでバケモノでも見るかのような目で見つめている。ある者は腰を抜かしそうになっており、またある者は歯をガタガタと震わせていた。

(まさか、歳火が…)

と思って僕は周りを見渡したのだけれど、視界はなんら変化するところはなかった。

「一体、どうしたん……」

そして僕は気付いた。彼らが恐怖しているのは僕以外の何かへではなく、間違いなく僕自身を恐れているということに。

「ちょ…ちょっとなんだよ!一体どうしちまったんだよ!何に怖がってるんだよ!」

僕は慌てて問いただした。俺をバケモノとでも思ってるのか?冗談じゃない。僕は正常だ。いや、もしかして…まさかこいつら、知らない間に歳火を見てしまったのか?それで既に発狂したのか?

考えたくなかったことだ。しかし、この異常な状況では何が起きてももはや不思議ではないような気すらしてくる。彼らが発狂しているかもしれない。その考えは少なからず僕へも恐怖を伝播し、僕はカタカタと震えながら彼らに問うた。

「おまえら、もしかしてもうと」

「・・・・・・がい」

質問は途中で遮られ、ツレが何かを喋りかけた。なに?と俺は聞き返す。

「・・・がい、だよ?この林・・・入ったときからずっと・・・圏外なんだよ・・・・・!!!」

「おまえ・・・誰と、何を喋ってたの・・・・??!!!」

全身から、血の気が引いた。ここが圏外?そんな、そんなことは…僕は慌てて握り締めていた携帯に目を遣る。そこには『通話中』文字が躍っていた。そしてその左上、アンテナ表示の部分には――

圏外

「…ああああああうあああああああ!!!」

僕は思わず叫び声を上げて携帯を地面に叩きつける。そして何度も、何度も踏みつけた。ガッ、ガリッ、バキッ。折りたたみ式の携帯は二度三度踏みつけると完全に真っ二つに割れた。そして僕らはお互いの手を握り合うと、小枝で顔を擦ることすら気にせず来た道を一気に駆け戻った。

どれくらい走っただろうか。途中で何度もコケたり転んだりしてボロボロになりながら、ようやく国道を見つけたのはうっすらと東の空が白んでいた頃だと思う。道路を見つけた僕らは、歓声を上げる気力すらもなく、6人揃ってヘナヘナと道路の脇に座り込んだのだった。そこで、ようやく電波を取り戻した携帯電話を使って、僕らは警察に連絡を入れた。

警察に保護された僕らは、私有地に立ち入ったことをひどく咎められた。無理もない、僕らの行為は不法侵入である。ただ、そんな微罪で検挙するほど警察も暇ではないらしく、僕らは喉頭での厳重注意ということで見逃してもらえた。ただ、ひとつ警察は気になることを言っていた。

「にしても、お前らよくあそこに入って無事だったよなあ」
「ああ、言い伝えのようにならなくて良かったですよ」
「言い伝え?何のこった」
「え?だからこの辺りに伝わる歳火のはなし…」
「トシビ?なんだそれ。そんなんじゃなくて、ここ何年かであそこに立ち入った人間が急に発狂する事件が相次いでたんだよ。言い伝えなんて大げさなもんじゃないよ。ホント、ここ数年の話だからな」
「……」

そういえば、ここに昔から住んでいるツレもこの歳火の話は知らなかったようだ。というか、この話をしていたのも、よく考えたら千星さん以外にはいなかったことに僕は気付いた。いや、そうだ。そもそも千星さんはなぜ電話をかけることができたのか?なぜ圏外にいたはずの携帯に電波が届いたのか?

(彼に聞くべきことは、どうやら山ほどありそうだな)

そう考えながら、僕は方々の体で下宿に戻った。
角部屋に位置する僕の部屋。東向きで日当たりもよい。家賃はそれなりに張るけれど、間取りも広くていい物件だと思う。僕は自分の部屋に帰るより先に千星さんの家のチャイムを鳴らした。

ピンポーン

返事は、ない。

(旅にでも出たのだろうか?)

いや、そんなはずはない。昨日の今日である。それにあんな電話をかけているくらいだ、いくらなんでも僕のことを心配していないはずがない。

ピンポーン

もう一度チャイムを鳴らす。しかし、相変わらず返事はない。

「千星さん!いないんですか千星さん!僕です!いるんなら出てきて下さいよ千星さん!」

「どうしたんですか?」

声に振り返ると、そこにはどこかで見た顔があった。
誰だ?昔どこかで会ったような…僕は記憶を必死で掘り返す。

『…ちょっと値は張りますがね、いい物件ですよ、ここ』

そうだ、この人は2年前僕にこの物件を紹介してくれた不動産会社の従業員だった。実に2年ぶりである。記憶の隅に引っ掛かったのが奇跡的なほどだ。
「どうなさいました?」

訝しげな顔で僕の方に近づいてくる若い従業員。僕は彼の方に向き直りながら口を開いた。

「ちょっとこちらに住んでいる方とお話がしたくて…どうもご不在のようですけどね」

そう言って僕はバツが悪そうに笑った。従業員は相変わらず訝しげな表情を崩さない。

「あ、いえ。ほら、僕は角部屋に住んでる者ですよ。覚えておいででないですか?」

「ああいえ、あなたのことは覚えてるんですが」

僕は取り成すように言葉を繋いだが、どうやら彼は僕を不審に思っているというわけではないらしい。

「あ、そうですね。あんまりどんどん叩いてたら近所に迷惑ですもんね…アハハ、すいません」

「いえ、そうではなくてですね」

彼は首をかしげながら、あのう、と呟いた。

「お隣の部屋、あなたが入居したときから、誰も住んでいないのですけれども」


(END NO.2)
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1983年10月13日

歳火 ver.4


しかし、僕にはなぜだか右に進むことがひどく躊躇われた。
霊感が云々が、という話ではない。
動物としての、本能のレベルで右に進むことを嫌悪したのである。
それに―――

(なぜ千星さんは、右が安全だと分かっていたのだろう)

そう、まさにそこなのである。あまりにも異常な状況で冷静な判断能力を失いそうではあったが、よく考えるとなぜ千星さんは右が正しいと、いや…どうしてここに祠があると知っているのだろう。

「おい、ずっとここにいる気かよ!!」

仲間の言葉に、はたと我に返った。
そうだ、このままここにいても、何らの解決にはならない。
進むにせよ、退くにせよ、どちらかは選ばなければならないのだ。

右か、左か、来た道を帰るか。
いや、来た道を引き返すといっても、来た通りに戻れるかどうかは保障できない。それどころか更に迷い込む可能性もある。
大体が、ここには祠を祭ってあるくらいだ、それでなお道が二股に分かれているということは、その先が出口である公算は非常に高いのではないだろうか?

僕は、決心した。

「左に、行こう」

その言葉を受けて、体育座りで放心していたツレの一人が顔を上げた。

「戻んねーの?」

不満たっぷり、といった口調で僕に食いかかってくる。
ムリもない、さらに知らない道を進めというのである。そこに確かな保証があるわけではない。だけど――

「お前、この道来た通りに戻れる自信あんの?」

「……」

反論はそこで立ち消え、彼らはぞろぞろと僕の進む方向に向かう。誰も、責任を背負いたくはないのだ。その点、僕の言に従っておけば、いざという時に僕だけを攻めれば済む。それに、もはや僕らには口論をする体力も尽きかけていた。

ざっざっざっ…僕らの足音だけが木霊する。誰も喋ろうとはしない。ただ、ただ無言で足を運んで行く。この道を、この道さえ抜ければ僕らは国道に出られる。何ら確信のないその思いだけをよすがに、僕らは懸命に歩き続けた。

しかし、おかしい。これまでの道には少しもなかった勾配が、徐々に生じ始めているのである。いや、それは決しておかしなことではない。というのも、元々ここの名称はN『山』林であって、N林ではない。山のような形状をしていても不思議はないだろう。

それに、山を登るということはこの先には湖はないということだ。逆に山のふもとであればこそ、湖が存在する可能性が高くなる。ということは、やはりあの時右を行っていれば…

「おい、やべえんじゃねえの、この道」

ぜえぜえと息とつきながら、誰かが口を開いた。

「いや、これでいいはずだ、山を登ってさえいれば、湖は見えな」

「だから、それがやべえっての」

「…どういうこと?」

「いいか、俺らは今、よく分かんねえけど山を頂上に登ってるらしい。それは確かだよな?」

仲間たちはその言葉に声もなく頷く。

「…ということはだな、もし上りきった時に、頂上で視界が開けた時に、眼下に湖を眺めてしまう可能性が高いんじゃねえか、ってことだよ」

僕は、あっと声を上げた。そうして千星さんの言葉を思い出す。

『歳火を見たら、発狂する』

そうなのだ。千星さんは何も湖に近づくな、と言っているわけではなかったのだ。あくまで『歳火を見るな』。そのために湖に近づくな、というだけのことであったのだ。僕はそのことを完全に失念していた。

「ヤバい…のか?」

誰かが不安気な声を上げる。ヤバいのか、ヤバくないのか。それは分からない。誰にも。

「クソッ…もう歩きたくねえよ…いい加減疲れた」

そう言って次々と腰を下ろし始める。正直言って、僕自身ももう限界だった。僕は腰をへなへなと地面につき、懐中電灯を乱雑に投げ出した。光がデタラメな方向に乱舞する。刹那に光は木を照らし葉を照らし地面を照らし、建物を照らす。

(建物…?)

そう、それは一瞬のことではあったが、確かに僕の網膜に建物のイメージが焼きついた瞬間があった。僕は慌てて懐中電灯を拾い上げると、建物を見たと思しき方向に向かって懐中電灯を照らし出す。

それは、あの祠をそのまま大きくしたような建物だった。どっしりとした石造りで、まるで……そう、あれはアンコールワットの遺跡によく似ている。

(それにしても、こんなところにどうして)

気付けば、仲間も僕のところに寄ってしげしげとその建物を眺めていた。不気味なのだけれど、不思議と嫌な感じはしない。僕らは示し合わすともなしにその建物の方に歩いて行った。

もしや、とも考えたが建物には祠と違い呪符が貼っていなかった。つるり、とした不思議な材質の石で、コケの一つもむしていない。それにしてもどうしてこんなところにこのような建物があるのだろうか。

「おい、こっちに入り口みたいなのがあるぞ」

そんな声が聞こえたので、僕はそちらに向かって歩みを進める。見ると、確かにそこだけ木枠で出来た扉が存在していた。

「入れる…のか?」

ツレの一人がコンコンとドアを叩いて、扉の感じを調べているようだ。もしこれが神社などであれば、中に祭られているのは神、ということになろうが、見たところ司祭的な様相はどこにも見当たらなかった。

「引き戸か…」

そう言って扉に手をかけると、するりと扉は開いた。さすがにカビくさい臭いが鼻につく。もう何年も開けられていないのだろう。当然の如く電気は通っていないのだけれど、どうしたことだろう、壁全体がぼんやりと光っているようにも見える。夜目に馴れてきただけなのだろうか。

開けてはみたものの、さすがに中に踏み入ることは躊躇われた。大体が、どうしてこんな建物がここにあるのかも分かっていないのである。これだって、言ってみれば歳火に関係した何かなのかもしれない。というか、その可能性の方がずっと高いのだ。とは言えこれ以上進んでも逆に湖を見てしまうかもしれないこと、既に疲労がピークであることを考えると、ここでしばらく休んでいくことが望ましいのも明らかだった。

「……もーいいよ、発狂してもなんでも。俺はここで休むぞ…」

と言って建物の中にバッタリと倒れこむツレ。火照った体には石畳がひんやりと気持ちいいらしく、倒れこんだ彼は、ああー、と気持ち良さそうな声を上げた。

それを受けて残った僕らも続々と建物に足を踏み入れていく。窓の一つもない建物だった。僕は一番最後に建物に入ると、扉を元の通り閉めた。

「おーい、ちょっと懐中電灯貸してくれよ」

奥から声が聞こえた。意外とこの建物は広いらしい。

「どうした?」

僕は懐中電灯を手渡しながらツレに声を掛けた。するとツレは懐中電灯を受け取ると、黙って壁の一部を光で照らす。そこには、石で出来た壁の中、1m四方くらいの大きさで木の板が嵌めこまれていたのである。

「なんか、手触りがおかしくてな。それで照らしてみたら、これだよ」

「なんだろうね、これ」

僕は不思議な既視感に囚われた。これは、そう、どこかで見たことがある。
この木の感じといい、色といい、これはどこかで…。

「あ…」

そうだった。あの祠で見た木と、大きさこそ違えどよく似ているのだ。気付くと、呼ぶともなしに他のメンバーも木の周りに集まっている。僕らは更に注意深く木を見つめた。

「…おい、ここ……」

「ん……?」

「なんか、書いてあるぞ?」

それは、書いてあるというよりも、何かが『掘り込まれている』状態だった。多少読み取りづらいが、どうやら日本語のようだった。

「ホントだな。小さい字だけど…読みづれえな、これ」

「ちょっと懐中電灯貸せよ、俺が読む」

『幽界ノ 幽ハ 腹スカス
幽界ニ 贄ハ 見当タラズ
ケレドモ 現世ハ 耐エ難ク
存在 デキヌト 幽嘆ク

其レデモ 幽ハ 腹スカス
死人ヲ 遣イテ 人ヲヨブ
呼バレタ 人ハ 魂抜カレ
憐レ 現世ニ 暇告グ』

僕は声に出して読み上げた。

「かくりょのゆうは はらすかす」
「かくりょに にえは みあたらず」
「けれども うつよは たえがたく」
「そんざいできぬと ゆうなげう」
「それでも ゆうは はらすかす」
「しにんをつかいて ひとをよぶ」
「よばれたひとは こんぬかれ」
「あわれうつつに いとまつぐ」

「なんだこれ?」

一同はこの奇妙な記述を読んで一様に首をかしげた。

「そういえばさあ、あんまり考えなかったけどさ、さっきの祠がもし歳火と関係あるんなら、むしろ俺たちを湖の方に呼んだんじゃねえの?なんかそういうのと関係ありそうだな、これ」

それはもっともな意見だった。もし、歳火が僕らをまどわせようとするのであり、あの祠が歳火と関係した何かであるのなら、あそこで『去れ』とは言わないだろう。ということは、やはりあれは僕らを助けようとする存在だったのだろうか。それにしても…

「かくりょの…うつよ…」

ツレの一人が何やらブツブツと呟いている。

「にしてもさあ、これが歳火に関係あるんだとしても、一つも歳火の字が出てこないのっておかしくねえ?ちょっとくらい触れるだろ、普通」

それもそうだった。確かにここには『幽界』や『現世』という言葉は出ているものの、歳火に関する記述は一切ない。やはりこれが歳火と関係しているというのは、想像力を働かせすぎというものだろうか。

「確かに、どこにもないよなあ」

「……いや、書いてるよ」

そう言い切ったのは、先ほどからブツブツと何事か呟いていたツレだった。

「どういうこと?どこにも書いてないじゃん」

「いや、書いてるんだ…違うな、そうじゃない。元々最初から歳火なんてものは存在しないんじゃないか、と言った方が正しいのかもしれない」

僕らは彼の言葉に首をかしげた。歳火が元々存在しない?一体それはどういう意味なんだろうか。

「何度もね、この詞を読んでいたら気付いたんだ。どうも、引っ掛かる部分があるって…それは、ここ」

そう言って彼は『死人』の部分に指を指した。

「しにん?死人がどうかしたってのか」

「いや、そうじゃないんだ、死人じゃなくて、いや、ああ、死人なんだけど…これ、別の読み方もできるよね?例えば、そう、【しびと】ってね」

確かにその通りだった。当たり前のように僕は死人を「しにん」と読んでいたけれど、確かに「しびと」とも読めるものである。

「ああ、確かにな。けど、それがどうしたんだ」

「でね、僕は【しびと】って読んだ時に、何か違和感というか…まあ、そこまでハッキリとしたもんじゃないけど、どうにも喉に小骨が引っ掛かるような何かを感じたんだよ。しびと、どうもこの文字を既に何度も聞いているような、そんな違和感を」

彼が何を言いたいのか、僕は話の先が少しも見えなかったが、彼は構わず続けた。

「それで、ずっと考えたてたんだ。君が話してくれた元々のN山林にまつわる話があったよね。その時のキーワード…幽界と現世、それがハッキリとここに書かれているのに、それに対応する【歳火】がどこにも書かれていない。これはどう考えてもおかしい。偶然、と片付けるのも不自然すぎる」

なるほど、むべなるかな、である。それにしても普段は無口な彼がここまで雄弁に語るとは、人は見かけによらないというものだろう。

「するとここで浮くのはね、【しびと】だけなんだよ。それで考えたら、すぐに分かった。まあ、【しにん】だと考えてる時は気付きもしなかったんだけど…」

「なんだよ、何が分かったってんだよ」

僕は持って回ったような言い方をする彼の言葉に苛立ちながら、話の続きを求めた。
彼は、こほん、と一つ咳払いをすると、重々しく口を開いた。

「【しびと】、この言葉を入れ替えてみたら、【としび】になるんじゃないの?「しびと」と、「としび」…「死人」と「歳火」…」

僕らは思わず息を飲んだ。

「…おそらく、なんだけど、キミにその話をした人は何らかの意図を持って【しびと】の存在を隠したかったんじゃないかな。大体が「死人」だなんて、噂レベルの話にしてもあんまりにも生々しいからね。それよりも、あまり聞きなれない言葉の方が都市伝説的で、僕らも興味を惹かれる。そういう狙いがあったのかもしれない」

そう言われてみると、そうであるような気もする。
それにしても、どうして…。

「そして問題は、どうしてその話をした人が」

ピリリリリ

突然、空間にけたたましい携帯の着信音が鳴り響いた。
おかしい、先ほど僕はマナーモードに切り替えたはずである。
いつの間にか解除されたのだろうか?
僕はポケットから携帯を取り出そうとした。

「……ちょっと待てよ。どうしてお前の携帯が鳴ってんだよ!」

ツレの一人が叫ぶように大声を上げた。どうして?なぜこいつは「どうして」などと言っているのだろう。携帯は鳴るもんじゃないか、と思った瞬間、僕は血の気が引いた。

この山林に入ってから、僕以外の誰も、携帯が鳴っていない。僕は、偶然の出来事かと持ていたけれど、それは偶然なんかではなく、いや、鳴っていなかったのではなく、鳴ることが有り得なかったのではないか?

「もしかして……」

「最初っから、ここの山林に入ってから、ずっと圏外だったじゃねえかよ!!!」

もう一度叫ぶような声を上げたと同時に、携帯は留守番電話に切り替わった。
しん、と静まり返る室内。機械の音声が、主の留守を告げている

『…ニナッタ電話ハ、電話ニデラレマセン。ピーットイウ発信音ノ後ニ、メッセージヲ入レテ下サイ』

「……千星やけど。帰りがおそいから、電話しました。もしかして、道に迷うたん?もしかして、左の方に進んだ?それやったら非常にまずいわ。すぐに引き返した方がええよ。そっちに行ってしもうたら、とんでもないことになるから。引き返して、右の方に進まんといけんよ」

ねっとりと絡みつくような声が、スピーカーから漏れ出している。さっきまでは頼りにしていたはずの声なのに、どうしてだろう、今は遠く、もはやこの世のものではないようにも感じられる。どうしてだろう、それは彼の言葉に従わなかった罪悪感からなのだろうか。

「……おい、この人の名前、何ていうんだ……?」

「え……千星だよ。千の星って書いて、【ちぼし】」

「ちぼし……」

「なあ、それが何か関係あんの」

「チボシ…チシボ…いや、違う……」

彼は再び何かをブツブツと呟き始めた。何か思いついたのだろうか。
すると今度はメールが届いた。案の定千星さんからであった。

差出人 千星さん
本文  ええか、右やで、右に行くんやで。間違っても変な建物に入ったらいけんよ。

「……どうしたの?」

「いや、千星さんからメールが」

「ちょっと見せて!」

というと、彼はひったくるように僕の携帯を取り上げた。

「これ……」

彼は画面を見たままワナワナと震えているようだった。時折、そうか、そうだったのか、と呟いている。どうしたのだろうか、あの文章に殊更不思議な点はなかったようにも思えるのだけれど。

「どうした?なんか気になる文章だったの?それとも圏外だからって驚いてんの?もうそれは今更驚かなくても」

「違う!文章じゃない。アドレスが…」

アドレス…?そう言って僕は差出人のアドレスに目を落とした。

From:tiboshi@xxx.ne.jp

「…これが、どうにかしたの?」

「……アナグラムだよ。いいか、お前はおかしいと思わないのかそのアドレス?」

「え?どういうことだよ」

「お前、小学校でローマ字習っただろう」

急に何の話をし始めるのだろう、と僕が不思議な顔をしていると、彼は構わず話を続けた。

「いいか、お前、ローマ字の「ち」は何て習った?chiだろうが。それなのに、この人は何でtiboshiにしている?普通ならchiboshiのはずだ」

「いや、まあそうかもしんないけどさ、でも単純に登録が重複してただけかもしれないじゃん」

「確かにそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ハッキリ言って僕だって普段ならそんなこと気にしないよ。けどね、彼はtiboshiじゃないとダメだったんだ。Tiboshiじゃないといけない理由があったんだよ。いや、というより千星という人は、どこにも存在しない。そして存在しないからこそ、その名前を名乗る必要があったんだ。彼の本当の姿を隠すために、だ」

僕は彼が何を言っているのかサッパリ理解できなかった。けれども、彼が何か確信を得ていることは、僕にも伝わってきた。

「だから、どういうことなんだよ。分かりやすく説明してくれよ!」

「だから、アナグラムなんだよ!いいか、tiboshi、これを並び替えるんだ。したらどうなる?さっきの死人と歳火と同じ話だよ。今回はアルファベットだけどね。ここから、出て来るんだよ、死人も、歳火も!」

「どういうことだよ?」

「死人は、いいかい、shibitoだ。そして歳火はtoshibi。分かるだろ?ここで使われてるアルファベットは全部同じなんだよ!」

「あ・・あ・・・・」

「死人も、歳火も、そして、千星も……全部、全部同じ、一つのものだったんだよ!そう考えれば、君にN山林の話をしたのも合点が行く。大体が最初からおかしいといえばおかしかった。この人が『湖が危ない』だなんていわなければ僕らは湖に向かわなかったわけだし。注意を促すなら、むしろ具体的な情報は与えないはずだろう?それなのに、この人は僕らを意図的に湖にリードするような発言をした。なぜか?それはこの人が」

「千星さんが、歳火で、死人だから、なのか…」

僕は彼の言葉を遮って、言葉を繋いだ。

『其レデモ 幽ハ 腹スカス
死人ヲ 遣イテ 人ヲヨブ
呼バレタ 人ハ 魂抜カレ
憐レ 現世ニ 暇告グ』

「だから、俺らを…」

「おい、あっちの方、何か光ってんぞ!」

言葉に、僕らは窓に駆け寄る。
林の奥、遥か彼方の方角…確かに、その一部が薄ぼんやりと光っている。

ピリリリリリ

三度、携帯がけたたましく鳴り響いた。
僕は画面を開く。


着信:千星さん


僕は、そっと通話ボタンを押した。

「なあ、何しとるん?自分、どこおるん?なして右行かんかったん?俺、怒られるやん。幽さんに怒られるやん。あの人ら、腹減ってんねんで?どうして、言う通りにしテお前らはこなかったんだって聞いてるんだよおおおおおおオオオおおおおおオォォォォォぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!1111111111!!!!!!!!!!!!」



その叫び声はスピーカー越しでありながらすぐ傍にいるかの如き絶叫であった。ビリビリと入り口の窓が揺れる。窓の外を見ると、光はひときわ大きくなり、まるで洪水のように林からあふれ出そうとしていた。

その瞬間のことであった。天井から、その入り口をすっぽりと覆い隠すような木の板が落ちてきたのである。

どすん、と音を立てて入り口を塞ぐ。僕らは寸でのところでそれをよけた。

「危ねえ…大丈夫か?!みんな」

僕はきょろきょろと見渡したが、怪我をしている者はいなかった。僕はやれやれ、といった感じで息をつくと、一体何が落ちてきたのか、と入り口の方を電灯で照らした。


『決シテ 幽光 見ルベカラズ』


そこには、やはり小さい文字でそう書かれているのだった。

そして朝を迎えた僕らは、そっと板に手をかけると板はすんなりと外れ、入り口はまた元のように姿を現した。僕らはがらりと扉を開ける。鮮烈な空気が肺を満たす。朝日があんまり眩しくて、僕は思わず目を瞑った。

「さて、と。こんだけ明るけりゃ、もう大丈夫だろ」

「そうだな、早く家に帰りたいわ……」

僕らは思い思いのことを口にしながら、建物を後にした。

「まあ何にせよ、こいつに助けられたのかな…」

「かもな…」

結局、この建物は何だったのだろう?幽界と仇をなす存在だったのだろうか?だからこそこうして迷い込んだ人間を助けて…。

ダメだ。寝不足の頭では何も考えられそうにない。考えるのはあとにしよう。今はゆっくり休んで…

「おい!こっちに国道があるぞ!」

「マジか?!」

「つーか、すぐ裏手じゃん…」

「全く気付かなかったよな」

そう、僕らが夜を共にした建物のすぐ裏手、そこが国道だったのである。
それにしてもいくら疲れていたからといってこんな近くにある道を見逃すだなんて…まあいい、ともかくも今は無事に帰れる喜びを味わおう。

「にしても、車はどこにあんのかな…」

「しゃーねーだろ、とりあえずは街に戻るしか…ん?」

「どうした?」

「あれ、人じゃねえか?」

そう言って指差した方向には、確かに人らしき影があった。
ふらふらと、こちらに向かって歩いて来ているようだ。

「そうだよ、人だよ!助かったな、どっか道教えてもらうべ!」

そう言って僕らはおーいおーいとその人に向かって叫んだ。
その人はふらふらと、ふらふらと僕らの方に向かってくる。

ふらり、ふらり。

一歩一歩、踏みしめるように。

そしてついに近くに来たとき、その人に話しかけようとした。

「あの、すいませ……」

その人の目には、既に尋常な人間の持つ光は失われていた。フヒ、フヒヒヒヒと小さな笑い声を上げ、だらりと涎をたらしながら僕らのことなどまるで認識していない様子で、そのままふらり、ふらりと歩いていった。

「…なんだ、あれ」

「まあ、季節の変わり目だからな」

「そういうもんか…でも道分かんねーよ、これじゃあ」

「あれ、また人来たんじゃね?」

「うっそ、どこ?」

「あれ。…あれ?なんか一人じゃないかも」

「うん?」

そうして見上げた視線の先、坂の上からは……一人、二人、三人四人…道に一杯の人影があらわれ、ふらり、ふらりとゆっくりとした足取りで、こちらに、ふらり、と向かってきているのであった。

(END NO.3)
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1983年10月12日

歳火 ver.pink


祠を目の前にして、僕は考えた。
右か、左か、それとも戻るか。

(そんな既成概念に囚われて、その先にあるものって一体なんなんだろう)

確かに箸を持つ手は右手だ。だけど、それを「右」であると観念したのは所詮先人である。
右は、別に「右」でなくてもよかったはずだ。
だからこそ、右は「ミギ」と決定された時から「右」でしかなくなってしまったのである。

これを悲劇と言わずして、何と言うだろうか。

「…おい、懐中電灯持ってんのお前なんだからさ、いい加減どうするか決めてくれよ」

「分かったようなこと言わないでよ!!」

パシーン。乾いた音が静寂を切り裂く。
僕が平手を打った音だった。

「ちょ・・てめえ!何すんだよコラ!」

激昂している。彼の頬が赤く染まっていくのが分かる。
男として産まれたからには、確かにいきなり平手を張られては苛立たしいというものだろう。
しかし、僕は…そんな彼を見てこう思ったんだ――。

「ちょ…何よアナタ!

『ナニすんだよ』ですって?!イヤッ…ケダモノ……!!!
恥を知りなさいっ…!!!」

ひゅるり、ひゅるりララ。
聞き分けのない、ゴンタです。
乾いた風が僕らの間を吹き抜ける。

「ア・・?テメエ何わけのわかんねえこと言ってんだコラ・・・?」

その時、僕の視界に呪符に包まれた祠が目に入った。
祠、ほこら、ホコラ、コラ、コーラック、便秘、スカトロ。

「アンタ…アンタの性欲は・・・まさに天井知らずね!!!」

バチコーン。乾いた音が林に響き渡る。
僕の崩拳が華麗に彼に決まった瞬間でもあった。

「キャオラ!」

『BAKI』チックな悲鳴を上げて、彼は10里の彼方へ飛び去った。
無事だといいのであるが・・・。
いや、この際彼の安否は二の次だろう。
今は…今はそう、この危難を何とか潜り抜けることが先決なのだから。
僕は丙虎の方向に向かい手を合わせると、ゆらり、というオノマトペがふさわしいくらいのゆったりとした所作で
一同に向き合った。





po1.JPG







p2.JPG







1、2、3、4、ポルナレフ。
そう、人数に矛盾はない。
僕は少しだけ安堵の溜息をつきながら話を続けた。

「つまり、だ。まずは事実をまとめよう」

そう言った僕は、懐からおもむろにザウルスを取り出すとタッチパネルに図を描き始めた。

「まず、柳沢がこの位置にいた、それは間違いないな?」

「ええ、でもそれがどうしたって…」

「ノストラダムスだよ!!」






p3.JPG






「ちょ、ちょっと待て!!お前ら落ち着いて今貼り付けた上の画像を見るんだ!!」

そう叫んだのは頭脳は子供、体は大人、江戸川マイラールだった。

「おかしいじゃないか。さっき崩拳でぶっ飛ばされた奴は確かにいた。
有体にいうなら

『俺、発売前にPS3ゲットしたぜ!』

とかってフカシこく、そう、3組のタカシみたいな奴がふっ飛ばされたのは確かだ」

そう、マイラールの言葉に偽りはなかった。
確かに、超スピードみたいな勢いでふっ飛ばされたのはこの目で僕も確認した。
というか、僕が吹っ飛ばしたのであるが、それはハッキリ言って言わぬが花、というものであろう。
僕は世阿弥が大好きなのだ。
秘すれば花、秘すれば花なるべからざる。
その詩を思い出しながら、僕の心は遠く、そう、スペインの赤い空へと馳せながら・・・。

「それなのに、さっきの上のAAだと更に一人減ってるじゃないか!」

コギト・エルゴ・スム。
そんな高尚な言葉遊びをしていた僕の頭脳プレイを邪魔したのは、そんなマイラールの下らない言葉だった。

「それがどうしたっていうんだよ!」

僕は大きくかぶりを振りながら、手に持っていた『加藤鷹自伝〜僕、どちらかと言えばショタです〜』をかなぐり捨てて叫んだ。

『5人が4人になった…この異常な状況の中で、それにどんな意味があるって言うんだよ…」

ピリリリリ

静寂を切り裂くようなデジタルの叫び。
僕の携帯電話が、臀部で強烈にバイブしていた。

僕は嫌な予感がしつつ、ポッケから携帯を取り出す。
そうだ、ここは圏外のはずだ。
それなのに、なぜ携帯電話が鳴るのだろう?
僕は期待と不安で胸を躍らせながら通話のボタンに指を当てた。
その通話口に向こうにいたのは…


チボシ「あ…、もっ、もっと右よおぉぉぉ」


声の主は千星さんだった。
右、この人は相変わらず右にこだわる。
右、そう、右である。
僕の脳裏に遠い日の追憶が蘇る。

1915年、呉服屋の父山田庄七と母つるの間に長男として生まれるが、両親が3年後に離婚し、姓が母の旧姓大鹿になる。その後は女手一つで育てられた。1926年につるが再婚し、横井姓となる。学卒後は約5年間愛知県豊橋市の洋品店に勤務する。そして1935年に第一補充兵役に編入、日本軍入り。4年間の兵役の後、洋服の仕立て屋を立ち上げる。1941年には大東亜戦争のため再召集され、満州を経て1944年からはグァム島に配属。歩兵第38部隊伍長として兵役する。戦争が激化し、同年8月にグァム玉砕、戦死広報が届けられた。

「横井庄一、恥ずかしながら右ながらえて帰ってきましたぁぁ!!」

そんな声が、僕の頭にこだました。

しかしながら僕のPHSは月に1000円まで!とお母さんと硬く約束を交わしていたため、
何やら千星さんが「幽光が…」とかなんとか言ってたけど貨幣経済の前には勝てない。僕は
「あ、ゴメス。ちょっと電波が悪いみたい」
という一言の下、冷静に通話を遮断した。
おあつらえ向きに携帯は圏外になった。天が運を味方しているようだ。

さて、僕は居住まいを正して三人の方に向き直った。

「それにしても、これからどうしたらいいんだろう…」

重い表情でツレの一人が呟いた。
ジュルリ。僕の股間のデラウェア火山は、ハッキリ言ってもうボルケーノ寸前であったことは論を待たない。

「俺はさ、一つだけ思うことがあるんだよ」

僕はそう言って、おもむろに懐に手を入れた。

「そう、あれは何の本だったかな…僕は、いつか何かの本でこんな台詞を目にしたんだ」

ざざ、と木々が声を上げる。どうやら、また風が吹き始めたようだ。
風の音は、好きじゃない。何か泣き声にも似たようなそんな音がするから。

「明日って、今さ」

僕は風の音に少なからず動揺しながらも、言葉を継いだ。

「いい言葉だと思わないか?」

その言葉を受けた彼は、それでも僕の言葉が分からない、といった雰囲気で首をかしげている。

「分からないかい?アナグラムだよ・・・」

僕はそういいながら、懐からバイブヌンチャクを取り出した。


「明日・・・あした・・・アシタ・・・ashita・・・」

これは特注のヴィトンのバイブである。

「ashita・・・anal・・・アナルファック」

全ては、だから、そういうことだった。

「そうか・・・だから祠は・・hokoraで・・・」

彼は僕の言葉を聞くとブツブツと何やら呟いている。
しかし、今では全てが遠くに響くばかりだ。

「かゆ うま」

右を見ると、友人が…いや、友人「だった」ものが、何やらのたうちまわりながら地面を這っていた。
もうダメかも知れない…そう思った僕は後ろを振り返った。
友は、最後まで見捨てない、それが俺のジャスティス。
一人でも、無事な奴がいるのなら・・・僕はそいつと添い遂げる!!


「ギギギギギ」


僕は暁に向かって一目散に駆け出した。

はあ、はあ、はあ。

野良犬のような吐息が僕の鼓膜にまとわりつく。

はあ、はあ、はあ。

うるさいな、誰の息だよ。

はあ、はあ、はあ。

いや、そうだ、これは。

はあ、はあ、はあ。

僕の吐息だ。

僕は、もつれる足をそのままにしてずっ、と地面にひれ伏した。

「大丈夫かい?」

そんな地を這うミミズのような僕に声を掛けてくれたのは――

「コロッケ、食べるナリか?」

コロ助だった。

「コロ…助…」

そう、そこにいたのはかつてブラウン管の向こうで熱い声援を送ったコロ助その人だった。

「どうして…こんな…」

僕は半ば絶句しながら、しかしコロッケから滴る熱い肉汁に心奪われたのだろう。
次の瞬間には理性も失い、差し伸べられたコロッケを頬張っていた。

「ふふ・・・まるで乳飲み子ナリね…」

僕は思うさまにコロッケを食べつくすと、ようやくと人心地付いた。
コロ助は僕がコロッケを食べるまで、聖母のような微笑をたたえながら見守ってくれた。
僕は乾いた喉を尿、いわゆる聖水で潤しながら、やっと言葉を継げるようになっていた。

「すいません、コロ助さん。僕みたいなもんに、こんな…」

「いいナリよ。困った人を助けるのが、英国紳士の務めなり」

英国――イギリス。
不意に耳をくすぐったその単語が、僕の暗い過去を蘇らせた。

僕はあの日、本場の紅茶を学ぶために単身、渡英した。
しかしそこで待っていたのは、凄惨なる修行の日々だった。
朝は8時に起きなければならない。
インターネットは日に4時間まで。
ネオニートだった僕には、決して耐えられるプログラムではなかった。


結果、僕は発狂した。
紅茶なんて…紅茶なんてものがこの世にあるから…僕はこんな…!!

「ウウウ…オアアアアア!!!」

チュン・・チュンチュン・・・。
小鳥が囀る爽やかな目覚め。
僕の隣には、サッチャー首相(当時)がカワイイ寝息を立てていた。

「それで・・・こんな・・・」

語り終わった僕のペニスに、コロ助は国連軍のお株を奪うようなすさまじいバキュームフェラを行っていた。
チュパチュパ。チュパカブラ。
僕のスペニは、あの日英国に置いてきた蛮勇を取り戻し、まさにB29のような勇ましさを誇っていた。

「お前、相当のスベタだな…」
「いやっ・・・言わないで・・・!!」

そう言ってコロ助は頬をあからめる。

(愛おしい・・・)

これが、僕が始めて抱いた愛、だったのである。

「コロちゃん・・・」

「誰だぁ!!」

ビシッ!唸りをあげる戦いのDNA。僕は声の方向に手裏剣【税込み198円】を投げつけた。

「ふふ、やるダスな」

不敵な笑みを浮かべながら、茂みから一人の冴えない男が現れた。

「コロちゃん、浮気はいけないダスよ」

田中ベンゾウ。

「ベンゾウさん・・・」

後の三都主である。

「それにつけても…」

また、新しい登場人物の声だ。

「これはなかなか複雑なことになったでゴザルなあ」

服部肝臓。通称ハットリ君。
僕のアヌスから勢いよく這い出してきた。

「よっと、いやいや、争いはいかんでゴザルよ」

そういいながら服部はやおら日本刀『越乃影虎』をぬらりと引き出した。

「これも運命…」

ズバ、刹那に閃光が走る。

「ああああああ!!」

そこには、変わり果てた千星の姿があった。

「千星!くそ、一体誰がこんなことを!」

「…グホッ!ガハガハ…うう、仙崎大輔……」

「喋るな!今ハイパーレスキューがここに来る!」

「フフ、もう、いいんだよ。俺は、もう、いい」

ゴポッ、ゴポッ。千星の口から鮮血が溢れ出る。

「バカ言ってんじゃねえよ…お前は助かるんだよ!助からなきゃダメなんだよ!!!」

そう言って僕は懸命にマウストゥマウスを繰り返した。
必死で蘇生を試みる。

3分経って…。

「…ざき……んさき……」

千星が、息も絶え絶えになりながら、何やら喋りかけてくる!

「喋るなよ!喋るなって・・・頼むから・・・」

僕は、泣きながら人工呼吸を繰り返していた。

「・・・お前との初キス、悪いもんじゃなかったぜ・・・?」

そう呟いて、千星は絶命した。

「ちぼしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」


「ヤツは、死んだ。そう、勇敢に死んだんだ・・・」

「・・・ハットリ・・・」

「いいインディアンは、死んだインディアンだけナリよ・・・」

「・・・コロ助・・・」

「突然ボールが来たからビックリしたんだよ・・・」

「柳沢・・・そうだよな・・・」

「そうでゴザルよ!」

「そうナリ!」

「そうなんだよ!」


「「「「俺たちのW杯はこれからだ!!」」」」

(END NO.∞)
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