「すいません、シャッター押してもらえますか?」
三人組の一人、生理の時は絶対にタンポン、と決めているような容姿の女が俺にカメラを差し出してきた。挨拶もなしにあつかましい奴だ。俺は懐に忍ばせたサブマシンガンを乱射して惨殺してやりたい衝動に駆られたが、正樹の前でそんな凶悪な一面を見せるわけにはいかない。
「ああ。構わないよ」
冷静を装ってカメラを受け取った。カメラはオートフォーカスで、フラッシュも自動的に判断するタイプだ。しかし、引き受けたはいいものの、俺はあの「はい、チーズ」というやつが苦手だった。あんな馬鹿げたセリフをよく口にできるものだ。一体誰が考え出したのか、その精神構造が理解できない。俺は神に誓ってあんなセリフを言うことはない。だから俺は言ってやった。
「はい、並んでねー。よし、撮るぞ。はい、ペニス!」
バシャ!
女たちは一瞬、何が起こったか分からない、という顔をしたがすぐに俺の言葉に気付いて顔面を青くさせた。
「ど、どうも!」
女の一人が慌てて俺の手からカメラをひったくる。失礼な奴だ。最高の掛け声だっていうのに。なあ、正樹?そう思いながら俺は正樹の方を振り向いた。
「……」
正樹はひくついた笑顔を浮かべていた。おや、意外とウブなのねえ……。
その時、エンジン音が近づいて来て、ペンションの表で止まった。どうやら誰か新しい客が到着したようだ。しばらくすると、玄関ドアに取り付けられたベルの音とともに大きな声の大阪弁が聞こえてきた。
「いやあ助かった。死ぬかと思たわ」
コートの肩や頭の上に白い雪を積もらせて、男女の二人連れが入って来た。俺はすかさず男の方をみる。ハゲた頭に、でっぷりと肥えた腹。典型的なオヤジルックだが、精力は強そうだ。サウナなどでは、意外とあの手のタイプがモテたりする。
「アリだな……」
「え?なんですか?」
「い、いやなんでもない」
まただ。また思ったことが声に出た。どうも今日はいけない。旅先の開放的な空気のせいで、理性のタガが外れ始めているのかもしれないな……俺は心の中で兜の緒をギュッと締めなおした。
「ああ、マラ山さんいらっしゃい。遅かったですね。心配しましたよ」
ボブさんが奥から出て来て、二人を迎える。
「えらい吹雪き始めてな、迷うか思うたわ」
窓の外を見ると、さきほどとは比べるべくもないくらい吹雪き始めていた。本来ならばこれは帰路の心配をするところなのだろうが、俺は逆に喜ばしい気分だった。これなら、多少手荒な真似をしてもどこにも逃げ場はないな……そんな風に思った阿部さんは、思わずペロリと舌なめずり。
「食事の用意ができましたので食堂へどうぞ」
食堂からアルバイトのオマ谷みどりさんが出てきた。こいつもどうせ淫売だ。アバズレだ。俺はカッと目を見開いて睨みつけてやった。みどりはそそくさと奥に引っ込んだ。
「マラ山さん達もどうぞ食堂へ。荷物は上に運んでおきますよ」
フロントではボブさんが記帳を済ませた夫婦に食事をすすめている。
何となくそれを見ていた俺は、妻の方と視線が合ってしまった。男好きそうな顔をしている。魔性、思わず俺の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。正樹くん、キミは俺が守るからな。どうか、女に狂いたもうことなかれ。
そんなことを思っていると、中古女はにこりと微笑み軽く頭を下げた。
「( ゚ 3゚)∵ ペッ!」
俺は迷わずツバを吐きかけた。女は「信じられない」といった顔で俺のことを睨み付けた。
「あ、阿部さん、一体何を」
「ん?まじないだよ、まじない。信州の方だとな、相手にツバを吐きかけると魔除けになるんだよ」
「へえ、そうなんですか!知りませんでした」
「そうそう、それで男同士の場合だと顔にザーメ……」
い、いかん!まただ。また暴走しようとしている。ちらりと正樹の方を見る。突然区切られた言葉の続きを待つようにキョトンとした顔をしていた。まずいぞ、もう誤魔化しきれない。俺は慌ててソファーから腰を上げた。
「さ、正樹くん!食事の準備もできたそうだし、俺たちも食堂に行こうか!な!」
「え、ええ」
そう言って強引に会話を終わらせると、俺はスタスタと食堂に歩いていった。正樹は釈然としないまま、後ろからちょこちょこと付いてきていた。全く、危ないところだったぜ……。
食堂のテーブルにはすでに、ナイフやフォークがセットされていた。先ほどのアバズレ三人組やマラ山夫婦も、先に椅子に座っていた。俺たちもそれに倣って適当なテーブルに腰をすべり込ませる。
「旨いな!」
「美味しいですね!」
俺たちは運ばれてきた和牛スッポン丼を口にし、その味に思わず感嘆の声を漏らした。ギトギトと脂っぽい舌触りはとてもサッパリとしており、口の中で踊るように弾けるスッポンの白身はまさに国産牛のそれだった。使っている米もいい。今年収穫されたばかりだというあきたこまちはタイ産だと言う。シェフの腕前に俺はおもわずううむ、と唸った。
「これは誰が作ってるんだろうね」
「多分、アニキですよ。あの人料理が好きだから」
「ほう……ガチムチ板前系か……」
「え?なんです?」
「いやー旨いなー!」
もう誤魔化すことにも慣れた。
「味はどうでした?」
そこにやって来たのはもう一人のアルバイト、ジョン=ムルアカ=俊夫くん。日本体育大学に8浪している剛の者だ。何でもスキー好きが高じてこのペンションで住み込みで働いているらしい。勉強は?おにいちゃん勉強は?という疑問が首をもたげないでもなかったが、そこは聞かぬが花、というものだろう。
「いや、とっても美味しかったよ。これは繁盛するわけだ」
「そうでしょう。何せ素材がいいですからね。ミャンマーで取れた国産和牛ですから」
そういうと俊夫くんは胸を張った。プルン、と豊満な胸板が誇張される。このマッシブに組み敷かれたらさぞヘヴンだろうな……思わず俺はそんなことを考え、慌てて涎を拭った。すると正樹がおもむろに口を開く。
「さて、阿部さん、ひとつナイターにでも洒落込みましょうか!」
A「いいね!行こうか!」B「この吹雪の中で?無理に決まってる!」C「俊夫くん、キミのフトマラで僕を和牛のように犯してくれないか」