友人3人と沖縄に行ってきた。皆、このブログを通じて出会ったヤツらだ。7年の歳月を経て俺は30歳になり、あいつらはじきに30歳にならなんとしていた。出発前に羽田で落ち合い、朝からすぐに酒を飲んだ。沖縄じゃなくても良かった。俺はただ、誰かとどこかに行くのが好きなだけだった。
曇天で出迎えてくれた沖縄に、俺たちは笑った。寒からず、暑からず、曖昧でぼんやりとした空気感。
「なんくるねえな」
「おう、なんくるねえなんくるねえ」
笑いながらゆいレールへと乗り込む。鈍色の空を見る。すぐに車輌がゆっくりと動き始めた。
一体あと、どのくらい。と俺は思う。あとどのくらいの回数、こうやって、何の背景も共有しない気の知れた友人たちと旅に出ることができるのだろうか。行為としての難易度と、現実問題としての難易度とは、恐ろしいほどに乖離しているだろう。30歳のいま、出来ていることが、40歳に成り果てたとき、さて、許容されるのか否か。主観は緩く、客観は冷たい。誰にも等しく時間は過ぎていく故のことだ。
宿に着いてすぐ、オリオンビールを飲んだ。プルトップが小気味よい音を立てて開くのを聞くのが心地よかった。すぐに気分がまどろむ。だから口を開いた。
「もう観光とか、いいんじゃないかな。こう、このままゆっくりと、沖縄の空気を味合う……的なノリで。そういうのもさ、こう、なんくるない感じだと思うし」
無論そんな案は通るはずもなく(それでもそのまま数本ほどの酒を飲んでから)、俺たちは粛々と首里城へと向かった。ハイシーズン前の平日ということもあって、国際通りの人出はまばらでタクシーもすぐに捕まえられた。俺は助手席に座り、車窓より流れゆく外を眺めた。
「○○さんはこちらのご出身なんですか?」
「いやあ、私は与論の方の生まれですねえ」
「ああ、与論の。与論って言ったら与論献奉ってのあんじゃないスか。僕も鹿児島にいたことあるんスけど、なんかアレってえらいことイカツいらしいですねえ」
「そうなんですか?私もねえ、与論にいたのは小さいときだけだったので、そっちの方はあんまりよく分からないんですよ」
なんでもない言葉が口をついて出てくる。人と喋ることは好きだ。初対面の人間と、何でもない、そしてどうでもいい会話を紡ぎ続けることは、とても自然なことだった。無言が嫌いな訳ではない。雑音があった方が落ち着くと、ただそういう性分なだけだ。会話の内容なんて1ミリだって覚えてはいない。
「このコミュ力オバケが」
下車したあと、友人に笑いながらそう言われた。でも、それはちょっと違うんだけどな。別にどうでもいいことだけど。
「ごめん肉さん、ちょっとおしっこしてくるわ」
「おっ、首里尿かね?」
「わりい、待たせた」
「ずいぶん長かったね。センジュリでもぶっコイてたのかな?」
東京よりもだいぶ西にある沖縄の日没は、遅い。時間の表示と空の明るさとの間に違和感を抱えながら、俺たちは居酒屋に赴き、大いに酒を飲み、食べ、かつ語った。
宿に戻ってからも、俺たちはまるでそれが義務であるかのように、水が高きから低きに流れるかのように、酒を飲んだ。ある者は
「沖縄のスナックを検証する必要がある」
と、単身宿を外に出た。直後、スコールに襲われた。また、ある者は
「沖縄でキルミーベイベーを観よう」
と提言し、持参したタブレットで深夜アニメを強制視聴させた。それは俺のことである。後に、その友人のtwitterを閲したところ
「なんで沖縄くんだり来てキルミーベイベーを観なければいけないんだ」
至極道理な憤りだと言わなくてはならない。
二日目を迎えた。沖縄の空は曇天を越えて、いさぎよく雨を垂らしていた。この日の目的地は名護、ちゅらうみ水族館、並びに、瀬底島。レンタカー屋が宿にまで迎えに来てくれる。2日間借りて7000円。文句のつけようなんてどこにもない。名護市までの道のりは遠い。俺はシート深く腰を預け、ゆっくりと目を瞑る。
「返せー!沖縄を返せー!」
「肉さん、アンタ急に何を言うておるんや」
「それだったらむしろ『帰れ!米軍は帰れ!』って感じじゃないの」
「帰るさー!米兵は帰るさー!」
レンタカーが高速をひた走る。無言よりも雑音を好む俺は、どうしてもどうでもいいことばかり口走ってしまう。
「あそこのさ……海の向こうに見える、小さく見えるあの、あの島だよ。あそこにさ、死んだ目をした少女がいるんだ。
『ああ、自分はこの島で一生を終えてしまうんだ……』
と、そういう覚悟を持った眼だ。なお、かつ
『どうせ大人なんて私のことを性的搾取の対象としてしか見ていないんでしょう?あのナイチャーみたいに!』
と、そういう諦念も含んだ眼だ。その時、お前ら、どう動くよ?」
「そんなん肉さん、言わずもがなですわ」
「そう!手を差し伸べるやろなあ。俺だけは違う、ワイだけは高潔な精神を持って生まれたイキモノや!そういう自負で以て。だからその少女も言うだろう、束の間、生気を取り戻した眼でこう言うだろう。
『だったら連れ去ってよ!!!』
とな……」
「あんた何が言いたいんや」
「いや、まあ、たぶん結局、やるだけヤって、朝起きたらベルトをカチャカチャさせながら
『うん、まあ、そういうのはもっと違う人がいると思うよ?』
なんつって、そそくさと帰るんだろうなあ……あの島の中では……そういうことが……」
「あんた、あの島になんの恨みがあるんや」
ちゅらうみ水族館はとても大きかった。思わず圧倒されてしまう。平日だというのに、多くの観光客で賑わっていた。もしこれが連休中だったら……と思うと、僅かばかりあるフリーターの利を感ぜざるを得なかった。
入館、そして。音よりも速く俺はトイレへと向かった。トイレへの道は遠く、そして長かった。だから言いたい。もしも二日酔いで、そして車酔いを兼ねてちゅらうみ水族館に赴かれる方が今後いるのだとすれば、ゲロを吐くのはどうか、せめて……入館前に済ませておくべきだと、そのことを。
「たぶん、開館史上初の速さでここまでたどり着いたよね。俺は」
後からようやくやって来た友人にそう告げ、俺はとうとう順路を真っ当に歩き出した。だから俺はちゅらうみ水族館の1/4ほどは見ていないことになる。金を返して欲しい気分だった。
ちゅらうみ水族館行脚、という大行事を終えた俺たちは、宿に向かった。その最中、華美な建造物をいくつか目の当たりにする。
「使ってるねぇ〜、税金!補助金かぁ!?」
もちろん全ては俺の発言なので、並べてのヘイトは俺に集めて欲しい。
「ッカァー!ええもん建てとるやんけ!返せ帰れと言いながら、もうこんな、ッカァー!沖縄民の心のマンコはガバガバやな!」
「あんた、そんなん沖縄の人に聞かれてたら死なされるぞ」
「あれやろ、このレンタにも小さいカメラがついてて、逐一監視されてる……みたいな感じで」
「誰得なんだよそれは」
「で、こう、レンタ返す時に、こう、ものすごい無表情で、こう、トカレフを構えて……言うんだ」
『死ぬさー』
それ以降、俺たちの口癖は『死ぬさー』になった、と言う。
着いた宿には犬がいた。本当に可愛くて人懐っこい犬だった。宿の人は丁寧に島での過ごし方のあれこれを教えて下さった。俺たちは荷物を置いて、イオン系列のスーパーで酒を買い込んで
後、酒を飲みに行った。並べては美味しく、並べては楽しく。
「俺さぁー、肉さんのエピソードの中であれがすっげえ好きなんだよね。あのー、あれ。間違って違う人に手マンしちゃったヤツ」
「あったなー。いや、オフ会したあとにな、人の家で何人かで寝たんよ。まあ俺は、酔いながらもクレバーな頭で……クレバーな頭でもって……コレや!コイツに手マンをするんだ!と、固い決意を胸に秘めたわけやね」
「えっ、手マン限定なん?」
「言葉のあやよ。まあそういう感じでだ。夜の帳も下りて……どれ、ひとつ、とおもむろに動くじゃない。もう心のチンポはギンギンよ。で、肌に当たる、柔らかい。見つけた!この家だ!そう思った。だから僕はとってもチューをしたよ。接吻した。アンサーソングも16ビートで、これは!これはイケる!と、そう思ったよ。でもねえ、なんかこう、違うんや。具体的には、頭身?というか、あれ?髪短くなかったかな?すごく長いんですがそれは?と、こうなって、でもその時、俺の右手は確実に湿潤へと進出しており、だから俺は思ったね。『落としどころを探さなければならない』……と、クレバーな頭でそんなことを」
「頭が悪すぎて頭が痛くなってきた。で、どうしたの」
「正直に『すまん、間違えた!』と言うセンも考えた。でもそれは悪手だと、さすがの俺にも分かったよね。だからまあ……義務的に手マンをした、しこうした後に 『ふう……いい手マン、したな!』 みたいな感じの空気感を出しつつ、こう、ノーサイド的な。こういうことも、あるあるだよね!みたいなムードを出しながら、速攻寝た」
「ねえわ」
「バカじゃねえの」
「ホントどうしようもない。死ねばいいのに」
心温まる言葉の雨を友人たちから賜りながら。その日の酒宴は二日目の思い出に向かって収斂していった。
3日目もまた、曇天。もう誰も沖縄の晴天なんて望んでいなかった。ただ運が悪かったのだと、そのように笑うばかりで。
ただ、それでも。海を見たかった。間近で触れて見たかった。述べ2日も沖縄にいて、直に海に触れたことは一度もなかった。だから俺たちは海へと向かった。それは至極真っ当な因果経路だった。
「海、やなあ」
「海やのう」
「海だね」
因果経路を辿ることは簡単だ。そのことと、因果が満たされることと、は別問題だ。それは当たり前の話である。鈍色の海、曇天の空、まばらな人影、酒臭い俺たち。南国って、なんだ?俺たちは自らの想像力のなさを呪った。
「まあ、これはこれで!」
「よくみれば碧いわ!マジオーシャンブルー!」
「砂、さらっさらやで!ウソ!ちょっと痛い!サンゴかこれ」
『なかったことにする』
大人になった俺たちは、大人らしく、然るべきスキルを身につけていた。
何にでも終わりは等しくある。
この旅にしてもそうだ。
だがその終わりは、ほとんど予期せぬ形で俺の元へと降ってかかった。
遡れば、この旅程の手配の全ては俺の手によるものだった。航空券、宿、レンタカー、諸々の詳細はおよそ俺しか把握していなかった。そしてその詳細をプリントアウトした紙束について、俺は、初日
「いまから首里城行くやろ。つうかこの紙束持って歩くのダルいな。とりあえずこの垣根の下に置いておいて……帰ってきたら回収しようじゃないか」
そして。その紙束を、俺はそのままロストした。くまなく探したが、なかった。たぶん、捨てられたのだろう。まあ、それはどうでもいい。
「肉さん、沖縄から羽田の便は何時なん?」
「おう、20:30ですわい」
実際は18:45だったのである。
そして、そのことに気がついたのが、那覇空港でバランタインを飲んでいるとき、まさに、18:25のことだった。
「あのさあ……」
友人の一人が携帯を弄りながら俺に提示してくる。
「かなり前に俺に呉れたメールで、沖縄発が18:45になってんだけど、これ、変更になったってことなん?」
「せやせや!それが変わったんや!」
俺は思った。そんな手続き、したか?と。
俺は思った。そもそも20:30という論拠は?と。
「ま、まあ、たぶんそれは勘違いなんやけど、一応、一応!事故があってはいかんからな、ちょっと確認してくるるるるるるっるるあああああああ」
走った。走った。生まれて初めての。優しさが。ぬくもりが。そんなものはどこにもなかった。俺は自動チェックイン機に決済したクレカを通す。
『羽田行 18:45』
即発信。即着信。息切れしながら、曰く
「ホントすいませんでした、ホントすいませんでした、そのまま即座に出発ゲートに急いで下さい。あの、ホント、何かの際は全部の旅費は俺が持つから、ホント、すいませんでしたあああぁぁぁぁぁ……」
結論から言おう。間に合った。俺を残した3人は無事に機上の人となった。もともと、日程的に余裕のあった俺は、もう一泊だけ沖縄にいる予定だったからだ。本当に、本当に。今思い出しても胃が痛くなる出来事であった。
『あんた、最後まで演出家やな……』
離陸前に友人の残してくれたLINEが、少しだけ俺の心を癒してくれた。
こうして、俺の沖縄旅行は終わった。沖縄じゃなくてもよかった、と冒頭に書いた。それは別に沖縄をくさす意味でもなんでもない。ただ、単純に。俺はどこにいても楽しいと、そういう意味でしかない。
あとどのくらいの回数、こうやって、何の背景も共有しない気の知れた友人たちと旅に出ることができるのだろうか。出来れば10年といわず20年といわず、気の済むまでこういうことができたら……と、それが望み過ぎなのは、分かっていることなのだけれども。
あと半年したら31歳になる。
誕生日には、どこに行こうかな。